“わかっちゃいるけどやめられない”!? 松尾スズキ大人計画の『業音』

ストーリーや設定は、荒唐無稽で不条理でありながら、もはや何が起きても驚かない今の世の中ならありえなくもない、悲惨で滑稽なシチュエーションだ。

撮影:田中亜紀

借金を抱え、母親の介護を売りに演歌歌手として再起を目指す元アイドル・みどり(平岩紙)は、ガラケーの脇見運転で杏子(伊勢志摩)をハネて植物状態にしてしまう。
自殺願望を杏子の支えで食い止めてきた鬱病の夫(松尾スズキ)は、みどりのある弱みにつけ込み、拉致して強制的に夫婦となる。
そこに絡むいびつで破綻寸前の人物たち。
孤児院出身のゲイの男は、種を残せない呪詛から自分そっくりのコピー人間を作りたがる。地元・宇都宮ではイケてたという兄妹は、芸能界を目指して出てきた東京では見向きもされず援交で食いつなぐ。

……と書くと、その語彙がもうまるでネット広告に出てくるB級コミックなのである。
だが、観劇後にこうして振り返ってみればどうだろう。
新聞や週刊誌が連日取り上げる凄惨で奇怪な事件や、理不尽な社会問題、茶番のような政治スキャンダルと比べて、衝撃度もバカバカしさもやり切れなさも大差ない。

撮影:田中亜紀

2002年の初演台本から大幅な改編もなく(=現実も悪化はすれども改善はない)、そこに描かれているのは、介護、宗教、貧困、売春、エイズ、鬱、自殺、経歴詐称、育児放棄、といった現代社会が抱える数々の問題。そしてこれらに誘引され鎌首をもたげる「業」にまみれた人間たちだ。

人間の「業」の音が鳴るとしたらどんな音なのだろう、という着想から生まれたという本作。
初演では荻野目慶子を主演女優に迎えたと知ってヒザを叩いた。同時に、キナ臭くもどこか懐かしい燻りのような感情がよみがえってきた。

荻野目といえば、10代でヘレン・ケラー役を演じた天性の女優であり、当時2つの不倫スキャンダルで魔性中の魔性と謳われた女優である。
まさに「業」がリアルにgo onしている女人(にょにん)を主演に、人間の執着や情念を描いたこの作品は、現代の日本人の生々しい感情をさらけ出した人物造形が話題になったという。

そんな『業音』が15年の時を経て、大人計画の熟練の劇団員を主要キャストに配し、再演された。

登場人物のキャラクターは、揃いも揃って「引き」が乏しく、このままいっても救われそうな気がしない。中途半端な屈折や野心を抱えた彼らを救わない社会を呪いながら、鈍感さと激情にまかせ、綱渡りで世間を渡り歩く。
もちろんそれは明日は他人事じゃない切実さで描かれている。

ただ1人、そこへ正視に堪えうる清涼さと無関心さを吹き込むのが踊り子(康本雅子+エリザベス・マリー)の存在だ。

撮影:田中亜紀

唯一、正視できるものが、深い事情にコミットしない「無関心」とは皮肉だが、壮絶なことを軽妙に表現するむずかしさの中で、アクロバティックに練り込まれたキャラクターともいえるだろう。
同じその役割が、家政婦の老婆が夜11時になると倒れ込むように眠るとか、哲学する女・杏子が筋の通った潔さで便器の水を浴びるとか、一見どうでもよさそうで清々しいディテールに託されていた。(一献酌み交わしたい方々だ)

『業音』は今年、フランスではアヴィニョン演劇祭と並び称される老舗舞台芸術祭フェスティバル・ドートンヌに招聘されている。
2013年『マシーン日記』(作・演出/松尾スズキ、東京芸術劇場プロデュース)パリ公演が高い評価を得て以来、パリの観客や劇場関係者から松尾作品の上演を望む声が多かったそうだ。

公式サイトでは「彼らの印象的な身体性は、自然主義と真逆で、漫画やバーレスクのような高電圧的言語がリズムと視覚的な力強さを生み出す。(略)本質的には形而上学的なテーマに取り組みながら、そこには皮肉と優しさがないわけではない」と紹介されている。

松尾スズキはこの再演について「“わかっちゃいるけどやめられない”という人間の持つ“業”を、悲劇性と喜劇性が一緒くたになったような混沌の世界の中で描きます。“神とは何か”という壮大なテーマになっていきますが、笑いの中でそれをどう見せていくかということにチャレンジしてきます」と語っている。

そういえば最近観たマーティン・スコセッシの映画『沈黙』でも、「神とは何か」という問いかけが、遥かに悲痛な無念さとともに投げかけられていた。
しかしながら、絶望した宣教師たちが行き着いたその答えも、『業音』で杏子とみどりが追い求めた答えも、結局は「人事を尽くして天命を待つ」という、きわめて無為で無責任な虚無に倒れ込むことにほかならなかったのが印象深い。

開演前に「今回はカーテンコールはありません、できません」のアナウンスがあった。
幕がおりたときにそれを思い出して妙に安堵し、法事帰りの疲れた身体を無造作に放り出されるようにして劇場をあとにした。

撮影:田中亜紀

■Information:

日本総合悲劇協会 vol.6「業音」

◆作・演出:松尾スズキ
◆出演:松尾スズキ、平岩紙、池津祥子、伊勢志摩、宍戸美和公、宮崎吐夢、皆川猿時、村杉蝉之介、康本雅子+エリザベス・マリー (ダブルキャスト)
◆日程・会場
東京公演:2017年8月10日(木)〜9月3日(日)東京芸術劇場 シアターイースト
名古屋公演:2017年9月13日(水)〜14日(木)青年文化センター アートピアホール
福岡公演:2017年9月16日(土)〜18日(月・祝)西鉄ホール
大阪公演:2017年9月21日(木)〜24日(日)松下 IMP ホール
松本公演:2017年9月29日(金)〜30日(土)まつもと市民芸術館 実験劇場
パリ公演:2017年10月 5日(木)〜7日(土)パリ日本文化会館
◆ オフィシャルHP:http://otonakeikaku.jp/2017go_on/