フレンチ・ラグジュアリーが考える 2074 年の楽観的な未来とは!?

1つは、日本の芸術系最高学府のなかでも藝大美術学部の学生だけを対象としたという点だ。

日本では、企業のメセナ活動としてのアートアワードは(パフォーミングアーツ含む)、バブル以降、日和見的に現れては消え、現在事業として定着したものは数社しかない。(昨年『AERA』誌に「日産アートアワード」についてのカルロス・ゴーン氏のコメントと共に執筆したが別の機会に掘り下げたい)

この「2074、夢の世界」アワードは、若い芸術家(の卵。孵化未定)に、ちゃんと制作費を支給して審査するコミッションワークとしてのアートアワードであり、彼らにとってはまたとないチャンスかもしれない。

しかし、そこにはお題があり、まだ20歳そこそこの若い作家には難易度の高い3つの要件を満たすことが条件とされている。

1)造形美術としてのクオリティ。
2)ラグジュアリー文化を踏まえてのユートピアであること。
3)楽観主義的な未来を表現すること。

1)はいいとして、2)と3)である。

制作費どころか生活費すらバイトで稼いでいる者もいる彼ら美大生にとって、よっぽどお嬢やお坊でないかぎり、2)のラグジュアリー文化を体験的に理解することはできるのか?

情報収集と想像力でそれも何とかなったとしよう。

2017年現在、格差社会と差別、表現・言論の自由の危機、テロや核戦争の脅威と、地球規模の無理解と対立の時代に青年期を送っている彼ら。3)の楽観的未来観をどこからひねり出せばいいのだろう?

 

物質的豊かさにとどまらない、精神的豊かさを社会にもたらすことを理念とする企業コレクティブであるコルベール委員会は、社会人でも頭をひねるこの難題を日本の若者たちに問いかけて、どんな答えを得ようとしているのか。

コルベール委員会プレジデント&CEOであり、最終審査チームの一員でもあるエリザベット・ポンソル・デ・ポルト氏は、受賞作品は「そのマチエールや素材、根気、感受性がすでに未来を語っている」と講評した上で「たしかにSF作家と芸大生では、未来への思考に明らかなギャップがありました。しかしこれは、文学と美術との対話によって、若い世代が自分たちの力で未来を変えるという社会的責任とビジョンをもつためのやり方の1つだと思うのです」と語った。

またフランス文学者でもある彼女に、ラグジュアリーの根底にある「L’Art de vivre」について訊ねると、それは「フランス人が頻繁に口にする言葉」であり「12世紀フランスの宮廷文学に端を発する概念だが、その社会的影響は現代にも未来にも実現し得る」という。

「まだ古代の名残を引きずる中世、ヨーロッパに小国が跋扈した時代は、男は野蛮な戦士、女は子を産み育てるものか魔性をもつものでしかありませんでした。12世紀に吟遊詩人が登場し、騎士と貴婦人の物語をフランス全土の小さな宮廷社会に語り継ぎます。やがて人々は、男女の関係に雅な感情が存在することを知り、支配関係でなく、たがいに敬意と礼節をもつ斬新な関係性へと洗練されていきます。人間関係の調和は、芸術や服飾、家具、美食など生活すべてに波及し、社会的影響をもたらしました。L’Art de vivreとはあらゆるものを包括した概念なのです」

そうした彼女の意図を汲むならば「L’Art de vivre」とは「生き方の芸術」「より良く生きる術」と翻訳できるだろうか。

「より良い生き方は洗練された環境を育む」という、ラグジュアリー文化のもととなった潮流はフランス全土に散らばり、各地に興ったブランド(例:バカラ、ジアン、コニャックなど)に受け継がれていく。

17世紀には太陽王ルイ14世が宮廷文化に祝祭を取り入れ、自らもバレエダンサーであった王自身がラグジュアリーを体現する存在となった。

「リュクス(ラグジュアリー)のルーツである『L’Art de vivre』の精神は彼の時代に結晶します。時の文化相コルベールの名をとってコルベール委員会は発足しました。リュクスが商業のみならず文化産業である由縁は長い歴史にあります。芸術には生活を変える力があり、感情の調和こそ理想の世界を築くと信じ、使命感をもって芸術家を支援しています」

興味を惹かれたもう1つのこととは、このアワードが日本に限定した、これ一回きりのプロジェクトであるということだ。

記者会見で「なぜ日本限定なのか?」という質問に対して、コルベール委員会チェアマンのギヨーム・ドゥ・セーヌ氏は「フランスと日本は、伝統と前衛、過去と現在が、生活のなかで自然に共存する唯一の社会。だからこそ楽観主義的な未来像を共有できるのだ」と断言していた。

記者会見の様子Photo: Yasuyuki Takagi © COMITÉ COLBERT 、東京藝術大学

ラグジュアリーと楽観主義的な未来像が、アワードやグラントという有形の施策以外で具体的にどのように結びついていくのか。それは筆者には会得できていない。

ただ、インタビューのなかでポルト氏が例に挙げた中世の宮廷文学は改めて読み解いてみたいと思った。

叙情詩『トリスタンとイゾルデ』をはじめとするヨーロッパの騎士道物語、あるいは日本の『源氏物語』を、貴族のおとぎ話、“オンナコドモ”の恋愛小説、と片付けることは簡単だ。

しかし一方で、古代以来の生存欲求にもとづく人類の性であり、世界構造の根幹をなしてきた「猛々しさ」「支配」「対立」が、いま人間社会に災禍をもたらしている、たいへん迷惑なものであることはたしかで、コルベール委員会が理念に掲げる「L’Art de vivre=より良く生きる術」である洗練や調和とは全く相容れないものであることは間違いない。

騎士と貴婦人の物語の、もどかしいほどの「柔らかさ」「敬愛」「礼節」「共感」にもとづく関係性は、未来を変えるキーワードになりはしないかと、毎週『ダウントン・アビー』を観ながら、薄々感じている。

Photo: Yasuyuki Takagi © COMITÉ COLBERT 、東京藝術大学