ロマネ・コンティよりレアな最上級ワイン、ラ・ロマネとは?

ラ・ロマネ/画像提供:エノテカ

ワイン縦横無尽#36

世界でもっとも高価なワインは言わずもがな、ロマネ・コンティ。しかし石垣で隔てられたその直上に、ロマネ・コンティよりも小さなグラン・クリュ(特級畑)があることをご存知だろうか? 畑の名前はラ・ロマネ。0.8452ヘクタールの面積から最大4000本のワインが生み出される。

ロマネ・コンティがドメーヌ・ド・ラ・ロマネ・コンティ、通称DRCのモノポール(単独所有)であるのと同様、ラ・ロマネもまたドメーヌ・デュ・コント・リジェ・ベレールのモノポール。その当主、ルイ・ミシェル・リジェ・ベレールが5年ぶりに来日した。

ルイ・ミシェル・リジェ・ベレール/Photo:Tadayuki Yanagi

ドメーヌ名にコント(伯爵)の爵位がつくことから明らかなように、リジェ・ベレール家はナポレオン帝政期に活躍したルイ・リジェ・ベレール将軍を先祖にもつ貴族。ナポレオンがワーテルローで敗れ、セント・ヘレナ島に幽閉された1815年、同家はヴォーヌ・ロマネ村のシャトー・ド・ヴォーヌを手に入れ、ここを本拠と定めた。それから1826年までの11年間にラ・ロマネの土地を入手したという。

8歳にして、「大人になったらワイン造りをしたい」と父に申し出たルイ・ミシェル。祖先と同じく軍属の父は渋々これを承知したが、その前にエンジニアの勉強をするよう彼に強いたという。その後、ブルゴーニュ大学でワイン醸造学を修め、2000年に晴れてドメーヌを任された時、彼は27歳。他の栽培農家に長年貸し出されていたラ・ロマネがドメーヌに戻ってきたのはさらにその2年後のことだった。

若きルイ・ミシェルがワイン造りの師と仰ぐのは、ブルゴーニュの神様、アンリ・ジャイエである。ジャイエはルイ・ミシェルの父と仲が良く、収穫のたびに蔵を訪ね、リジェ・ベレール家初のヴィニュロンにたびたびヒントを与えてくれた。「醸造中に美味しくなければ、瓶詰め後もけっしてよいワインにはならない」。とくにタンニンの未熟なワインは、瓶の状態で長期間熟成させても、よくなることはないと老師は語ったという。

ルイ・ミシェルが自身のワイン造りでたいせつにしているのはフレッシュネスであり、ワインにとって酸はもっとも重要という。したがって収穫は他の造り手に比べて早い。オーガニックでブドウ栽培をしているため、ブドウのバランスがとれるのも早いそうだ。

ジャイエ門下生は完全除梗、すなわちブドウの梗をすべて取り除くのがお約束だが、ルイ・ミシェルは現在、およそ2割のブドウを房のまま醸造している。地球温暖化が進む昨今、梗に含まれる成分が、フレッシュネスとエネルギーをワインにもたらすと考えている。

ところで、なによりも気になるのが、ラ・ロマネとロマネ・コンティとの違いでは? 土壌は双方よく似ているが、ラ・ロマネのほうが斜度が強く、表土は浅い。同じヴィンテージをサイドバイサイドで試飲する機会など、よほどの億万長者でもない限り訪れないので、ワイン自体の比較は難しい。がしかし、試飲に供された2013年のラ・ロマネは、恐ろしいまでに神秘的な存在であり、その全貌を推し量ることが難しいワインであった。

濃厚さとは対極の繊細さは、一瞬、ミュジニーを彷彿とさせ、こちらから探しにいかない限り、すべての答えを見つけ難い点もまたミュジニーによく似ている。ロマネ・コンティほどの豊潤さは持ち合わせないものの、ミュジニーと比べればラ・ロマネのほうが抑揚に富み、かつ堅牢と思われる。

1本税抜き30万円のワインだからおいそれと買えるものでもないし、ロマネ・コンティよりも少ない生産量ゆえ見つけるのもひと苦労。それでもドメーヌの実力を試したければ、村名のヴォーヌ・ロマネ・クロ・デュ・シャトー(税抜き15000円)がある。これもリジェ・ベレールのモノポールだ。新しくラインナップに加わったドメーヌ唯一の白ワイン、ニュイ・サン・ジョルジュ・プルミエ・クリュ・クロ・デ・グランド・ヴィーニュ・ブラン(税抜き22000円)も個性的で面白い。

話は尽きないが、この続きはまた別の機会にでも。

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Photo:Tadayuki Yanagi