ジョゼフィーヌとルドゥーテの植物画、バラの歴史を語るには不可欠な2人

ルドゥーテといえば、「花のラファエロ」とか「花の絵師」などと形容され、植物画を得意とする画家である。バラをこよなく愛したナポレオンの妃ジョゼフィーヌの庇護を受けて、バラの花を詳細に描き、19世紀初頭に銅版画『バラ図譜』を刊行したことで大きな功績を残したことで知られている。『バラ図譜』は当時のバラを知る上で大変貴重な資料でもある。

ソフトな色合いで繊細なタッチのルドゥーテの描いた絵のポストカード/Photo:Ayako Goto

バラの歴史と発展を考えるとき、ジョゼフィーヌの貢献には多大なものがある。ジョゼフィーヌがパリ郊外のマルメゾン城にバラ園を作って、世界中(と言っても当時のことなのでイギリス、オランダ、ドイツ、そして東洋)のバラを収集したのである。その数二百数十種にのぼったという。

今は国の建造物となっているマルメゾン城(Château de Malmaison)は、パリからRERで訪れることができる(RERのA線でリュエイユ・マルメゾン下車)。ジョゼフィーヌが収集したバラは、その後、パリ郊外のバラ園「ライ・レ・ローズ」(l’Hay les Roses)に移植された。しかしマルメゾン城の庭園にもバラが植栽されているし、数年前にはシャトーの左手の庭園の一角にピアジェがスポンサーとなって再びオールドローズのコーナーができたので、私たちはそれを鑑賞することができる。

ジョゼフィーヌは1796年にナポレオンと結婚。3年後の1799年にこのシャトーを購入し、以後ここに住んだ。ナポレオンは1804年に皇帝になるとチュイルリー、サンクルー、フォンテーヌブローなどの公邸に住まなければならなくなったこともあり、ナポレオンがマルメゾンを訪れることは少なくなったという。

マルメゾンに飾られたジョゼフィーヌの肖像。胸像はナポレオン/Photo:Ayako Goto

一人で過ごすことの多くなったジョゼフィーヌはシャトーの庭園を充実させることに心血を注ぎ、珍しい植物やバラ園を作ったのであった。バラ園はマリー・アントワネットのトリアノン宮殿でのバラのコレクションに刺激されて1802年に造園したのだという。いったん収集が始まるとバラの魅力に取り憑かれ、収集したバラをルドゥーテに依頼し、描かせた。また、育種家たちが活躍する場も設けた。その結果、フランスの栽培バラが飛躍的な発展を遂げることになったのである。

ルドゥーテの植物画は大変な成功をおさめた。それはスティプルという革新的な技法を使ってきめの細かな色のグラデーションを可能にし、そして絵から輪郭線を一掃したものだった。このことが画期的で功を奏したのである。

マリー・アントワネットの肖像画にはよくバラを手に持ったものが多いが、それは芳香性の高いオールドローズであることが推測できる(今、私たちはオールドローズと呼んでいるが、その頃はただローズと呼んでいただろう)。

マリー・アントワネットが好んだバラ、そしてバラ園。その刺激を受けたジョゼフィーヌ。世界中から集めたバラのコレクション。ルドゥーテの描くバラの絵。それらが連綿と続いていくバラは、昔も今も人の心を捉え、またこれからも永遠に続いていくのである。

Photo:Ayako Goto