『危険な情事』なんて全然甘い!?狂気のクリント・イーストウッド処女監督作

これは、女ストーカーの物語だ。カリフォルニア州モントレーの地方局でディスクジョッキーを務めるデイヴ・ガーランド(クリント・イーストウッド) の前に、いつもエロール・ガーナーのピアノ曲『ミスティ』をリクエストしてくる女性が現れる。だが、出来心から一夜をともにして以来、女の態度が常軌を逸してくる。一度は彼女を振り払ったものの、恋人トビー(ドナ・ミルズ) のルームメイトとして再び姿を現す中盤(エドガー・アラン・ポーのアナベル・リーを名乗る)から、サスペンスのテンションは上がり、恐怖映画さながらのクライマックスまで一気に見せる。エヴリン・ドレイパー役のジェシカ・ウォルターの鬼気迫る芝居は特筆モノで、1987年のエイドリアン・ライン監督、マイクル・ダグラス&グレン・クローズ主演作品『危険な情事』(原題Fatal Attraction) のグレン・クローズの原型はここにある。イーストウッドの演出は監督デビュー作とは思えない完成度で、ムード醸造とサスペンス描写には目を見張るものがある。酒場のバーテンとして出演しているのは彼の師にあたるドン・シーゲル監督。

怖いのは、エヴリンが完全に狂ってしまう映画の後半。どう狂っていくのかは見てのお楽しみだが、どうやらこれは実話をベースにしているらしい。イーストウッド監督自身は「ちょっと遊んだ男なら、誰にもでも覚えのある恐怖」ととぼけているが、そんな生やさしいレベルの恐怖なのである。エヴリンの素性や背景がいっさい伏せられている分だけ不気味さもつのる。

『恐怖のメロディ』DVD&ブルーレイ発売中/発売元:NBCユニバーサル・エンターテイメント(C)1971 Universal Studios & The Malpaso Company. All rights Reserved.

まだ「ストーカー」という言葉もなく、すっかり『危険な情事』の焼き直しのような怖いスリラーを、わずか40歳を過ぎたばかりのクリント・イーストウッド監督は初監督作品と思えぬ作法で進めている。北カリフォルニアのカーメルの美しい海岸線も明るい野原も、すべてが不穏な空気をはらんでいるのだ。

『ミスティ』は、ジャズピアニスト、エロール・ガーナーが1954年に作曲したバラードで、この映画で重要なモチーフとして使われている。

1954年、ニューヨークからシカゴへ空路移動中だったガーナーは、霧中を飛行する旅客機の窓外をながめているうちに、魅力的なメロディを着想したという。しかし、ガーナーは我流でピアノ演奏を習得した人物で楽譜の読み書きができず、その機内で楽譜を書いて記録できなかった。このままではメロディを忘れかねない危機に瀕したガーナーは、シカゴに着陸するまで必死にメロディを反芻し続けた。ガーナーはシカゴに着くと、ホテルにタクシーで直行した。ホテルのピアノで着想したメロディを弾いて、急遽借りたテープレコーダーで録音したことにより、メロディは失われずに済んだという。

このエピソードと、曲を聴いたガーナーの友人が「霧のようにぼんやりした曲だ」と評したことから『ミスティ』という題名が付けられた。同年、ガーナー自身のピアノ演奏が録音されて世に出されている。もともとインストゥルメンタル曲として作曲されたが、ほどなく作詞家のジョニー・バークにより歌詞がつけられ、ジョニー・マティスの歌唱によりポピュラーソングとしてヒットしたことで、広く知られることになる。エラ・フィッツジェラルド、サラ・ヴォーンなどによりカヴァーされたほか、1960年代にはアメリカの国民的番組、NBCニュースの番組『トゥデイ』のテーマ曲としても使用されている。

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