必見!世界最高のテノールが歌う新国立劇場のワーグナー楽劇「ジークフリート」

1曲80分級のマーラーやブルックナーの交響曲を3曲聞かせるコンサートはまずないだろうが、交響曲とは違ってこちらは芝居も映像もあるから、まあ飽きることはない。ワーグナーの楽劇は演劇に音楽が付随したオペラだということを今回も実感した。まず歌と音楽のあるヴェルディのオペラとの違いである。この『ジークフリート』は4つの楽劇からなる『ニーベルングの指輪』の3番目の楽劇で、最も鑑賞しやすいのではないだろうか。第1幕には主人公ジークフリートを利用して大蛇から指輪と財宝を奪おうとしている育ての親のミーメとの喜劇的な場面もあれば、第2幕では大蛇と対決するアクション・シーンもあり、さらに主人公が森の小鳥と対話を交わすファンタジーなシーンがあり、第3幕では燃え盛る岩山の眠り姫を救出する主人公の冒険譚もある。ワーグナー本人もこのオペラは4つの中で一番人気が出るだろうと思っていたらしいが、現在ダントツで人気があるのは2番目の楽劇の『ワルキューレ』である。なぜだろう?

それはジークフリートが、金太郎や桃太郎のような気は優しくて力持ちの主人公ではなく、かなり粗野で凶暴な一面も持っていて簡単に共感できないためではないか。このオペラで、私が一番嫌いなのは、ジークフリートを薬で眠らせてそのスキに指輪と財宝を奪おうとした育ての親ミーメをジークフリートが殺害するシーンだ。何も殺すことはないだろうに。なんといっても育ての親なのだから。たとえば、洞窟に閉じ込めてしまうとか、もっとうまく処理ができなかったのだろうか。このミーメにはワーグナーが忌み嫌っていたユダヤ人の実父が反映されているというが、殺すことはないだろう。そんな筆者と同じ思いを抱く観客は多いのではないか。ワーグナーもこの辺りをかなり気にしているフシがあり、台詞がくどい。この1シーンが、ジークフリートを英雄と呼ぶのをためらわせる。

 

第2幕 大蛇の血を浴びたジークフリートは森の鳥の鳴き声の意味が聞き分けられるようになる/撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

今回の演出では、この辺りが「ミーメはうかつにもジークフリートの剣に飛び込んで死ぬ」(故ゲッツ・フリードリヒの1998年の演出ノート)という演出で、これはジークフリート=桃太郎がかなり納得できて違和感なくその後を楽しめた。

今回の演出は、故ゲッツ・フリードリヒによって1998年フィンランド歌劇場で初演された演出・舞台の再演ではある。CGなど使えばもっと面白く見せられたのだろう。しかしちょっと古めかしくはあるのだが、歌手陣が素晴らしく不満は特になかった。

今回のジークフリート役はステファン・グールド。とにかく出ずっぱり・歌いっぱなし。45分ずつの休憩2回は彼のためだろうが、素晴らしかった。美声で歌い回しの巧さに加え、最後まで声量は落ちず、世界最高峰のヘルデンテノールを堪能した。もうちょっとスリムだったら申し分ないが、それではスタミナがもたないのだろう。「ドラえもん」のジャイアンみたいに、こんな太ったガキ大将がいるものである。

第3幕 さすらい人(実は神々の長ヴォータン)と智恵の女神エルダの会話/撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

さすらい人(実は神々の長ヴォ―タン)役の出番も多い。グリア・グリムスレイの声の威力がホールを揺らした。前作『ワルキューレ』の時より深みが加わっていた。ただし第3幕はちょっと疲れていた。もうこれで4部作の4作目である次作『神々の黄昏』にはヴォータンの出番はないのかと思うと寂しくなる。ヴォータンの槍はジークフリートの剣で折られ、すでに神々は没落して人間の時代が始まったのである。

新国立劇場でもお馴染みのブリュンヒルデ役のリカルダ・メルベートも声、歌唱、演技ともに文句なしの出来栄え。その他、ミーメ役のコンラッド、アルべリヒ役のガゼリ、エルダ役のマイヤーは一昨年のこの劇場でのこの4部作の最初の楽劇『ラインの黄金』と同じ顔触れだが、見事な脇役ぶりだ

第3幕 燃え盛る岩山の頂に眠るブリュンヒルデを救出したジークフリート/撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場

さらに特筆すべきは、同劇場オペラ芸術監督の飯守泰次郎が指揮した東京交響楽団。『ラインの黄金』『ワルキューレ』は同指揮者&東京フィルだったが、今回は東響。響きがマイルドで金管・木管の状態が良くて、ワンランク上の名演だった。あまりアッチェレランドはかけず、テンポは遅くて、ロマンチックでヒューマンな響き。ちょっと懐かしい感じの演奏だが古めかしくはない。とにかく、東京に居ながらにしてワーグナー演奏の醍醐味を味わった。

6月7日(水)14時、10日(土)14時、14日(水)16時、17日(土)14時

に残りの公演がある。ワグネリアンはもちろん、ワーグナーは苦手な方にも大推薦したい。

撮影:寺司正彦 提供:新国立劇場