
レストラン熱中派#37
この3、4年、北陸方面に行く機会が多くなった。北陸新幹線の開通で東京から行きやすくなったからという理由もあれば、福井・一乗谷の『一乗谷レストラント』や石川・野々市『すし処めくみ』のように、ひとつの店を目当てに行くこともある。今回紹介する店は、石川県小松市に1年半ほど前オープンした『SHÓKUDŌ YArn』(ヤーン)。「YARN」とは、撚り糸という意味。その名前通り撚糸工場をリノベーションしてレストランにしたものだ。この不思議な店名が以前から気になっていた。また、米田裕二オーナーシェフとマダムの亜佐美さんは、夫婦そろってスペインの『エル・ブリ』で研修を受け、ご主人は帰国後、和食店で腕を磨いたという。この経歴がとても気になった。スペイン現代料理なのか、日本料理なのか。
その全貌がわかる日がいよいよやってきた。タクシーで小松駅から国道を走ること10分。パチンコ店、ショッピングモール、衣料品店など、どこにでもある地方都市の光景を眺めていると、目の前にこれ以上ないほどシンプルな三角屋根の一軒家が現れた。待つこと5分、18時きっかりにドアが開き、不思議の国へと入り込んだ。最初に目についたのは店の中央に植えられたオリーブの木。樹齢200年を超える古木を移植したものだという。地中海気候など太陽が当たる場所で育つものだとばかり思っていたが、屋内でなんの問題もなくすくすくと育っていた。そのオリーブを取り囲むように6席の個室と12人分のテーブル席がある。ガラス窓が大きくとられているので、個室にいても厨房やフロアに人の動きが伝わってくるし、プライベート感も保てる。テーブルについて、なぜか懐かしさを感じたのは、中学校の”理科の実験室”を思い出したからだった。このインテリアだとやはりモダンスパニッシュの路線かな…という印象が強まる。

料理はシェフやスタッフが各テーブルで最後の仕上げをして、説明をうけてから味わう。その様子はまさに実験室風。化学反応を目の当たりにして、結果を口の中で確認する臨場感に場は盛り上がる。さらにメニュー一つひとつのネーミングがかなり楽しい。ダジャレも入っているが思わず「座布団一枚」というのもある。

“MONOけし Schiacciatina”は ブルーと黒のラインが目印の消しゴム。Schiacciatinaとはイタリア語で“つぶした”というschiacciataから作られた言葉で、ここではピザ生地を薄く延ばして焼いたものをさし、袋の中にはケシの実を使ったスナック菓子が入っている。(MONOは単一を意味する単語で、)白黒(Mono)のケシの実だけで作ったスナック菓子だから“MONOけし”…という、よくぞここまで練ったネタ!

“ごまかされたプッチンプリン”はプラスチックの容器の突起を押すと空気が入って中のプリン上の胡麻化された胡麻豆腐がプリンと出てくる。こうした多少強引ともいえるネーミングがチャーミングなのだ。料理だけでなく、言葉でも自由に遊んでいるところを、楽しめるか、そうでないかで評価は分かれるのかもしれないが、私はけっこう気に入った。

それにしてもいったいシェフ&マダムは何者だろう?シェフとマダムは、地元の同じ高校に通う同級生。なんと18歳のころからつきあいだしたが、卒業後は別々の大学に進学する。いずれ二人で店を出すことを目標に、大学卒後はまず、裕二さんがイタリアへ。3年後、亜佐美さんもヨーロッパでの生活を共にするためパティシエールとしてイタリアへ。さらに二人でスペインへわたる。そこで当時絶頂期だった現代スペイン料理の店を数店まわり、その頂点である『エル・ブリ』で裕二さんは部門シェフ、亜佐美さんはデザート部門のスーシェフまで経験した。裕二さんは合計7年、亜佐美さんは4年弱、二人は十分にグローバルな経験を積み、2007年に帰国した。それからが思いもよらない展開。すぐに店を出すのではなく、裕二さんはなんと地元の日本料理店で7年修業し、ふぐ調理師やソムリエの資格も得た。亜佐美さんも地元のお菓子屋で仕事をつづけながら、3人の子供を育てる。いろいろな事情はあったと思うが、2015年8月、二人はようやくこの店をオープンしたのだ。
(次号に続く)
Photo:Muneaki Maeda