『マンチェスター・バイ・ザ・シー』は俳優も凄いが、『アルビノーニのアダージョ』も立っている!

1996年から10年連続で夏の終わりはヴェネチアに出かけることに決めていた。何しろ、僕はイタリアが大好きで、美女好きな僕はこの時期に開催される「ミス・イタリア・コンテスト」を観るのが大の楽しみだった。おかげで「ヌメロ、オッタンタチンクエ(85番)」というふうにイタリア語の数詞は完全に憶えた。しかし、ヴェネチア国際映画祭への出品作の日本公開が1年以上後になることで、ヴェネチアまでのエア代・宿泊費は累計毎年30万円以上だったが、それが「回収」できなくて行くのを泣く泣くやめた。

『ユー・キャン・カウント・オン・ミー』は、「俳優がいいぞ」と言う師匠スコセッシに薦められるまま観て、一発で主演のふたり、姉役のローラ・リニーと弟役のマーク・ラファロが大好きになった。それ以後も彼らが出演する作品は全部観ている。

訳せば「私に任せて」ぐらいの意味らしい。生まれ故郷の銀行で働きながら女手ひとつで8歳の息子ルディーを育てているサミー(ローラ・リニー)。ある日彼女の前に、音信不通だった弟テリー(マーク・ラファロ) が現われる。久々の再会を喜ぶサミーだったが、テリーの目的は彼女にお金を借りることだった。

すごかったのはこんなにミニマムな映画なのに、それから半年後ローラ・リニーがアカデミー主演女優賞にノミネートされたことだ!

脚本・監督のケネス・ロナーガンはスコセッシ一派の人間で、1999年の『アナライズ・ミー』、続編である2000年の『アナライズ・ユー』のほか、2002年のマーティン・スコセッシ監督作品『ギャング・オブ・ニューヨーク』の脚本を手がけている。

ローラ・リニーはこのあと、2003年のクリント・イーストウッド監督作品『ミスティック・リバー』で「マクベス夫人」を演じているし、2004年のビル・コンドン監督作品『愛についてのキンゼイ・レポート』や2005年のノア・バームバック監督作品『イカとクジラ』という傑作に出演している。

マーク・ラファロはこのあと、『アベンジャーズ』(2012) の「ハルク」で超有名になるが、2007年のデヴィッド・フィンチャー監督作品『ゾディアック』、2010年のマーティン・スコセッシ監督作品『シャッター・アイランド』、2013年のジョン・カーニー監督作品『はじまりのうた』、2014年のベネット・ミラー監督作品『フォックスキャッチャー』、2015年のトム・マッカーシー監督作品『スポットライト/世紀のスクープ』がある。

さて、ケネス・ロナーガン監督作品『マンチェスター・バイ・ザ・シー』(原題Manchester by the sea) を観るとき、思い出すのは同じようにとてもミニマムな作品『ユー・キャン・カウント・オン・ミー』なのである。同じように俳優が「立っていて」、本当にすごいとしか言えない名演を披露しているのだ。

『マンチェスター・バイ・ザ・シー』/(c)2016 K Films Manchester LLC. All Rights Reserved.

リー・チャンドラー (ケイシー・アフレック) は短気な性格で血の気が多く、一匹狼。彼はボストンの住宅街で便利屋として生計を立てていた。ある冬の日、リーは兄のジョーが心臓発作で亡くなったとの電話を受けた。実家に帰ったリーは、自分が16歳になるジョーの息子の後見人に選出されたことを知る。兄を失った悲しみや自分に甥が養育できるだろうかという不安に向き合うリーだったが、彼はそれ以上に重い問題を抱えていた、というもの。

ちなみに、映画のタイトルは、作品の舞台であるアメリカ・マサチューセッツ州にある小さな町の名前から取られている。

『マンチェスター・バイ・ザ・シー』/(c)2016 K Films Manchester LLC. All Rights Reserved.

本作のプロデューサーがマット・デイモンである点も注目だ。1997年の『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』で共演した、幼いころからの親友であり盟友であるベン・アフレックの実弟、ケイシー・アフレックが、主人公リー・チャンドラーの孤独と哀しみを体現した渾身の演技は大絶賛され、ゴールデングローブ主演男優賞やアカデミー主演男優賞を獲ったのだ!

そういえば、『グッド・ウィル・ハンティング/旅立ち』も、マサチューセッツ州ボストンの話だった。

バロック音楽の作曲家、トマゾ・アルビノーニ(1671-1751) の作品を編曲した『アルビノーニのアダージョ ト短調』が最初から最後まで丸々かかり(断片ではない!)、主人公リーの孤独と哀しみを見事に表現しているのがすばらしい。

『マンチェスター・バイ・ザ・シー』/(c)2016 K Films Manchester LLC. All Rights Reserved.

しかし実はこの曲は、アルビノーニではなくイタリアの作曲家レモ・ジャゾット(1910-1998) が作曲した弦楽合奏とオルガンのための楽曲。演奏時間は約10分。雄渾多感な旋律と陰翳に富んだ和声法ゆえの親しみやすい印象から「これぞバロック音楽」と世界的に広まり、クラシック音楽の入門としてだけでなく、ポピュラー音楽に転用されたり、BGMや映像作品の伴奏音楽として利用されたりした。第二次大戦後の1958年に初めて出版された。

『アルビノーニのアダージョ』が使われた過去の映画で有名なものに次のようなものがある。アントニー・パーキンス主演、1962年のオーソン・ウェルズ監督作品『審判』(原題The Trial)、1975年のジェームズ・カーン主演、ノーマン・ジュイソン監督作品『ローラーボール』(原題Roller Ball)、アート・ガーファンクル主演、1980年のニコラス・ローグ監督作品『ジェラシー』(原題Bad Timing)、メル・ギブソン主演、1981年のピーター・ウィアー監督作品『誓い』(原題Gallipoli) 、2015年の成島正監督作品『ソロモンの偽証/前篇・事件』などがあったが、それらを完全に超えてしまった。

画像:(c)2016 K Films Manchester LLC. All Rights Reserved.