写真は、暫定的な「タイムマシン」で「どこでもドア」でしょ!?

ドラえもんの道具ベスト2が「どこでもドア」と「タイムマシン」であるなら、写真はその願望を少しだけ叶えてくれたことになる。

フェリーチェ・ベアト(1832-1909)という写真家(イタリア出身だが英国国籍を有していたといわれる)を知っているだろうか。世界各地を旅し、多くの写真を残したが、とりわけ東アジアを撮影した初期の写真家の一人で彼の写真はアジアを紹介することに貢献した。日本には開国まもない1863年から21年間、横浜で暮らしていた。

写真家の仕事としては軍事的な需要があったのだろう。しかし彼はそれ以外にポートレートや生活風俗、都市の様子や名所旧跡も撮影している。幕末の風景はそのまま歌川広重や葛飾北斎の描く風景や名所絵を彷彿とさせる。

一方、現代。やはり世界各地を巡りながら、私的なコンテクストと社会情勢や当地の歴史を重ね合わせる視点で作品を生みだしてきた写真家ジャダ・リパ。彼女は英国ロンドンの出身でミラノ大学で政治学・国際関係学の修士号を取得、その後、ニューヨークのICP(国際写真センター)で写真を学んだ。

アーティストのジャダ・リパ氏

ある日、ジャダ・リパは家族の所有する家屋の屋根裏で古い2冊のアルバムを発見した。それはフェリーチェ・ベアトの『Native Types』と『Views of Japan』で幕末から開国直後の日本が撮影されていた。これは当時を知るたいへん貴重な資料であり、後年人気を博した横浜写真の原型ともいえる。

横浜写真は来日した外国人旅行者向けのスーヴニールとして人気だった。鶏卵紙に日本の風景や風俗を焼きつけ、それを日本画の顔料で彩色し、豪華な蒔絵のアルバムに収めたもの。西洋の当時の最新技術だった写真ともとからある日本の絵画の技術が合わさった工芸品的なものだった。

さて、話はさらなる展開を見せる。リパはベアトのアルバム発見から数カ月後、今度は彼女の先祖で、本展示のスポンサーでもある世界最古のシャンパーニュ・メゾン「ルイナール」の創始者ニコラ・ルイナールの子孫であるマティルド・ルイナール・デ・ブリモントの原稿を同じ家から発見した。マティルドは初代駐日イタリア大使ヴィットリオ・デ・ラ・ツゥールの妻として1867年に横浜の地を踏んだ。彼女は作家・画家として活動した。なんと、著書『Voyage au Japon(日本への旅)』にはベアトとの交流が記されていたのだ。

「KYOTOGRAPHIE 京都国際写真祭2017」の一展示“「The Yokohama Project 1867-2016」presented by Ruinart ”はそのようにまるでベアトとマティルダにリパが操られたかのような運命的な出会いから始まり、そこから構想が湧き上がってきた。リパはベアトとマティルダの足跡を辿りながら、日本での撮影を行った。150年の時を超えたコラボレーション。時間旅行。「タイムマシン」。

「どこでもドア」ではなく、ベアトとマティルダは船で、リパは飛行機でやってきた。今と昔。西洋人の眼が見つめた日本。それはどのようなものとして映って(写って)いるだろうか。

Photo:Yoshio Suzuki

■展示情報

ジャダ・リパ“「The Yokohama Project 1867-2016」presented by Ruinart ”

会場:ギャラリー素形
京都市中京区室町通二条下ル蛸薬師町271-1
地下鉄東西線または烏丸線「烏丸御池」駅 2番出口から徒歩4分
入場無料
5月14日(日)まで
OPEN: 10:00 – 19:00