フーテンの寅さんに学ぶ チェックスーツの着こなし!?

映画『男はつらいよ』は、1969年に第一作が公開され48本の映画が製作されたという。

寅さんのスーツは最初、浅草の古着屋で売られていたような吊るしだったという。しかしその後にシリーズ化が決定し、最初の衣裳がヤレてくると、同じスーツを見つけようがなくなってしまった。

そこで衣裳係のスタッフは、毛織物業者にあの黄褐色にウインドペーンが切られた生地を特別に一巻だけ注文したという。布の一巻は約50メートルある。スーツ1着を作るには約3メートルの生地が必要だから、一巻で約16着のスーツが仕立てられる計算だ。シリーズ終了と同時に、注文した生地もほぼ使い切ったというから、映画3本で1着のスーツをローテーションしていたのだろう。

『男はつらいよ』の映像を注意深く観ればお判かり戴けると思うが、寅さんのスーツはビスポークテーラーの手による高級品である。その証拠に、ラペルのフラワーホールは見事な手縫いだし、ウインドペーンはどこもぴたりと柄合わせしてあるはずだ。

テキ屋ふぜいが高価なオーダースーツを着るか、という批判も聞こえてきそうだが、昔からこの手の遊び人系自由業者は、タコ社長の下で働く真面目な労働者諸君と違って、衣裳には見栄を張るもの。

あのチェックスーツは寅さんにとって、晴れの舞台を飾る勝負服であり、ビジネススーツだった。だからいつもパリッとしたスーツに、糊の効いたブルーの鯉口シャツでキメていたわけであろう。

なわけで、寅さんを見習って仕事もチェックスーツでパシッとキメたい方は、ぜひ注意深く観察してほしい箇所がある。それはチェックの柄合わせだ。身頃とポケットのフラップ、あるいは身頃と袖といった部分の横柄が通っているのは常識。ぜひ検証して欲しいのは、身頃のダーツ部分の柄合わせである。

スーツの前身頃には、前ダーツと脇ダーツという2本のダーツが入っている。このうち前ダーツは、布のたて地の目に沿ってダーツが入るから柄合わせは容易だ。しかし脇ダーツは斜めに切られているから、ほとんどの既製スーツの脇ダーツは柄合わせが出来ていない。既製服どころか、イタリアのビスポークスーツでも、この部分を柄合わせしているところは少ない。

脇でチェックの柄がずれている=ダーツの柄合わせをしていない/Photo:Shuhei Toyama

だからだろうか、イタリアスーツがトレンドの中心になった1990年以降、脇ダーツは柄合わせしなくてもいいことが半ば業界の常識になったような風潮がある。

先日も日本の大手アパレルメーカーの若手企画担当者に、チェックスーツの脇ダーツの柄合わせの不備を指摘したら、「そんなことを気にしている消費者はいないから」と、一笑に付されてしまった。

脇ダーツは腕を下げていれば袖で隠れて見えない、とでも考えているのだろうか。最近、百貨店で販売される大手アパレルメーカーのスーツの売上が鈍っているのは、こうしたクオリティに対する消費者へのなめた態度も一因にある気がする。

脇ダーツの柄合わせは最近どこもやっていないからこそ、あえてそれにチャレンジし、売り場のセールストークで「うちはどこもやっていない部分の柄合わせをやっています」と、消費者にアピールできないのだろうか。

そもそも日本のスーツ作りというのは、こうした小さなディテールにまでこまやかな心遣いをすることが、売りではなかったか。

脇ダーツの柄合わせは、身頃をダーツ線でカットした後、フロント側の上部をアイロンでいせ込み、さらに背中側の下部をアイロンでいせ込めば、横柄がうまく通る。この作業に必要な中間プレスは2回だけ。

脇の柄が繋がっている/Photo:Shuhei Toyama
前身頃のパターン。脇ダーツの2か所をいせ込めば柄が通り、自然な表情になるのだがなぜ実施するところが少ない/Photo:Shuhei Toyama

ぜひとも復活させて欲しい工程である。