かぶせ衿でないスーツをラクジュアリーとは呼ばせない!?

しかしブランドの大型店を4軒ほど観たところで、この目論みは「探るに値しない」と頓挫した。たしかに海外一流ブランド店の接客は素晴らしい。またシルエットやディテールにも、クラシックスーツにない冒険があって刺激的だった。だが高額なラクジュアリースーツを名乗るならば、決して外してはならない製法のひとつが欠けていたのである。

これを確認したことで、エミー賞やアカデミー賞で男優たちが好んで着るブランドモノのディナージャケットを見るたびに感じた、ある種の違和感の原因が判った。エルメスやトム・フォードなどの一部を除き、海外デザイナーズスーツの多くは“かぶせ衿”をしていないのである。

これでは、昔ミラノの中央駅近くで怪しい露天商が売っていたパチモノのブランドスーツと見分けがつかないではないか。

かぶせ衿の工程は、上衿(カラー)の型紙通りにバイアスにカットした麻の衿芯、スレキ、カラークロスという3枚の布を重ね合わせてからハ刺しでとめ、アイロンで形を整えてから衿腰線に折り目を入れる。これが裏衿と呼ばれるパーツだ。その裏衿のカラークロスの部分を身頃の衿ぐりにまつり縫いして第一工程が終了。

衿のパーツ。本格的なテーラードジェットは衿だけでも大変手の込んだ構造となっている/Photo:Shuhei Toyama

次にスーツ生地を衿の型紙より少し大きめにカットして表衿のパーツを作る。その、横地の目を通した一枚の棒状の衿のように見えるパーツを、アイロンで立体的にクセ取りした後に、裏衿の上にかぶせて丁寧に据えるのが第2工程。裏衿に表衿をかぶせるから、この製法をかぶせ衿というわけである。

かぶせ衿は、複雑なカーブに満ちた上衿をハンドメイドで仕上げるから、たいへんに手間がかかり技術も必要だ。しかも中間に何度もプレスを入れてクセ取りをするから、肩から上衿にかけて山の裾野のような“登り”がつき、上着の重量が肩と首に均等な感じで分散されるため着心地がすこぶる良くなる。

いっぽう通常の既製服に使用する上衿は、作業を簡易的にするために、衿芯とカラークロスに、最初から表地を重ねて衿のパーツを作り上げ、それを下衿(ラペル)のゴージ部分に直接縫いつけてしまう。このゴージ縫いの部分は、上衿側の表地1枚と、下衿側の身頃と見返しの2枚を縫い合わせるために、どうして片側に厚みが出てしまう。つまりゴージラインが厚ぼったくなり、縫製線がくっきりと目立ってしまうのである。

通常の既製服のゴージラインは片側に厚みがでて、縫製線がくっきり目立ってしまう/Photo:Shuhei Toyama

冒頭で、筆者がアカデミー賞などで男優が着るブランドモノのディナージャケットに感じた違和感は、つまりこのゴージラインが原因だったわけである。とくにディナージャケットは下衿が拝絹になっているから、ゴージラインの厚ぼったさがより明確に出てしまうわけである。

いっぽうかぶせ衿のスーツは、上衿は表地1枚、下衿は身返し1枚で、しかもゴージ縫いは通称“はしご掛け”と呼ばれる渡しまつり縫いとめ、縫い目を割って仕上げられるから、ゴージラインが薄くエレガントになるわけである。はしご掛けされたゴージ縫いは、縫製部を左右に引っ張ると微妙に糸が伸びて隙間ができることで確認できるはずだ。

かぶせ衿のゴージライン。薄く、エレガントなシームだ/Photo:Shuhei Toyama
かぶせ衿のゴージラインは、その縫製法により微妙に隙間ができる/Photo:Shuhei Toyama

だが注意したいのは、通称ドンデン(上着を裏側にして裏地も縫い付け、ひっくり返して一気に仕上げる縫製法。婦人服に多い)と呼ばれる簡便な縫製法でも、上衿と下衿のゴージラインは1枚どうしで割り縫いされるため、この部分がすっきり柔らかく見えてしまうのである。

これを見分けるコツは、上衿の裏側(首に触れる部分)の縫製部を確認するしかない。衿腰下の縫製部分が、背裏で覆われているようであれば間違いなくかぶせ衿である。これをイタリアのテーラーは“フォデラート・オーバー(裏地が衿腰の縫い目を覆い隠す)”と呼び、高品質スーツの証しにしている。

かぶせ衿だと裏地(黒)が表地(グレンチェック)の衿腰部分を覆う仕上げになる/Photo:Shuhei Toyama

通常の既製スーツの場合は、背裏が衿腰下部の縫製と一緒に縫い込まれているから、一目で見分けがつくはずだ。

衿腰の縫製を見ると、裏地(黒)が表地(ヘリンボーン)に縫い込まれているのが分かる/Photo:Shuhei Toyama

付け加えておくと、セレクトショップオリジナルのプレステージ価格スーツは、ほぼかぶせ衿を採用している。こんなところにも、製造現場を含め、日本のドレス企画者たちの見識の高さが現れている気がする。

Photo:Shuhei Toyama