グレンオーヴァーのコートは永く、その輝きを失わない!?

このブランドは赤峰さんがグレンオーヴァー以前に手がけたもの。生地には英国のフォックスフラノが使用され、デザインもじゅんみつ(正面から見て3個のボタンがすべて見え、真ん中のボタンをかけて着る)のシングル胸センターベント。英国調の大人っぽい雰囲気を漂わす傑作だ。
「懐かしいねぇ。これは当時、米国のアイビーカレッジのファッションを掲げて主流になったVANに対抗して企画したもの。だからブランド名もWAY-OUT(体制から抜けでた格好良さを求めて)として、続いて小さくBUT CLASSIC(でもクラシックだゾ)と入れている(笑)」

赤峰幸生氏(右)と筆者/Photo:Shuhei Toyama

いっぽうグレンオーヴァーは、ブランドタグにも記されているように、1982年アザブハイツという、六本木1丁目スペイン坂近くにあった瀟洒なアパートメントハウスからスタートした。ほどなく立ち上がった直営店の第一号は、原宿表参道から伊藤病院へ曲がった場所。中庭に面したお洒落な立地で、お隣はカフェ。英国のメンズクロージングストアを意識した本格的な店構えだったという。

1980年代初頭といえば、パリのモード界で”黒の衝撃”が起こり、コム デ ギャルソンやヨウジヤマモトが日本人デザイナーとして売り出し中の頃である。

彼らの活躍をわき目に見て発奮した赤峰さんは、トランクにグレンオーヴァーの商品見本を詰め込みニューヨークへ旅立つ。まずはバーニーズのメンズ服買い付け主任マイケル・シュライヤーに30回以上も電話をかけてサンプルを見てもらったところ、フード付きのコートを売り込むことに成功。さらに余勢をかってポール・スチュアートヘ行き、バイヤーのジェフリー・グロッドと商談すると、トレンチコートの注文が入った。しかも翌年のポール・スチュアートの名物カタログの表紙には、なんとグレンオーヴァーの服を着たモデルが掲載されるほど評価されたのである。

グレンオーヴァーは完全アウェーの、しかもクラシック服のグランドで勝ち点1をゲットした初の日本ブランドになったのである。

グレンオーヴァーを象徴するアイテムともなったフード付きのシングルコートとダブルブレストのトレンチコートは、2017SSコレクションで素材&ディテールを進化させて復刻され、前者はソブリンハウス、後者は横浜の信濃屋がさっそく買い付けたという。

2点のコート地は、上質なエジプト綿の80番手双糸を昔ながらのシャトル織機で緻密な生地に織り上げたもの。スプリングコートというよりは年間を通して着ることのできる機能性としなやか着心地を備えた本格ものだ。

赤峰さんにコートのモデルをお願いしたところ、前合わせのボタンをかなり無造作にかけ、ベルトはバックルに通してからギューとしぼってピンでとめ、ベルトの先端はなりゆきまかせ。由来は軍服というアイテムを、男の道具として使い倒すという感じで着こなしてくれた。

ベルトの留め方などさすがの着こなしの赤峰氏/Photo:Shuhei Toyama

もちろんコートの着丈は、膝小僧を充分に隠すフルレングス。本物のトレンチコートは「この長さがあたり前なのである」という赤峰さんの不動なデザインポリシーに、筆者も全面的に賛同したい。
最後に、アシスト役としてさまざまな面で赤峰さんをサポートし、業界では著名なトラッドマンとして知られ、1950から60年代のお洒落な映画スターの着こなしにも滅法詳しい登地勝志さんが2017AWの新コレクションから「これ、エフレム・ジンバリスト・ジュニアが『暗くなるまで待って』で着ていたコートみたいでしょう」と、リバーシブルのステンカラーコートを着てみせてくれた。

エッグシェルホワイトのコットンギャバジン×ウール地のグレンチェックに茶系のオーバーペーン。あるいはダークブルーのギャバジン×チャコールグレーのヘリンボーン。表裏どちらも着られるように工夫されたコートは、米国のボストンやロンドンのセントジェームスなどにあったかっての老舗洋品店のショウウインドーに飾られていたようなオーラを放ちながらも、現代の都市にふさわしいモダンな輝きを保つ、伝統的で新鮮なデザイン。

登地氏が着るステンカラーコート。テキスタイル、リバーシブル使用などディテールが凝縮されている/Photo:Shuhei Toyama

まさにそこには、日本がトラッドファッションにおいても世界のトップランナーであることを示す、優れた素材使い、熟考されたディールが凝縮されていたのである。

Photo:Shuhei Toyama