運命的再会はパリの英語書店というのが泣かせる!?『ビフォア・サンセット』

『ビフォア・サンセット』DVD1,429円(税抜き)/ワーナー・ブラザース ホームエンターテイメント

オトコ映画論#54

2004年のリチャード・リンクレイター監督作品、パリを舞台にした『ビフォア・サンセット』(原題Before Sunset) は、1995年の同監督作品、オーストリア・ウィーンを舞台にした『恋人たちの距離(ディスタンス)』(原題Before Sunrise) の完全なる続編であり、主演も同じくイーサン・ホーク(ジェシー役) とジュリー・デルピー(セリーヌ役) 。監督に加えて、このふたりの主演俳優も脚本に名を連ねており、この3人が第77回アカデミー脚色賞にノミネートされた。

本作の続編は、9年後の2013年の同監督作品、ギリシアを舞台にした『ビフォア・ミッドナイト』(原題Before Midnight)。

オーストリア・ウィーンでの運命的な出会いから9年後。あの一夜のことを描いた小説『This Time』を書いたジェシー(イーサン・ホーク) は、小説のプロモーションで各地の書店を回る一環でパリの書店を訪れる。そこでインタビューを受けていた時、ふと横を見るとセリーヌ(ジュリー・デルピー) が立っていた。ほほ笑むセリーヌと、驚くジェシー。ジェシーの飛行機が出るまでの短い間、ふたりは秋のパリを歩きながら思い出を語り合う。物語は、このふたりの会話を中心に展開し、それ以外に物語に係わってくる登場人物は少ない。また、映画内の時間がほぼ現実の時間と同時進行するように作られている。主演のふたりの会話のかけあいの面白さが、特徴的な作品だ。

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このふたりが運命的な再会をするのが、英語図書専門の本屋。「もし幸運にも青年時代に、パリで暮らすことができたなら、その後の人生をどこで暮らすことになっても、パリはきみに付いてくる。なぜなら、パリは移動祝祭日だからだ」というアーネスト・ヘミングウェイの献辞で始まる名著『移動祝祭日』(1960) でも記述している1920年代のパリの文学史を語る上で忘れられない〈シェイクスピア・アンド・カンパニー書店〉(原題Shakespeare and Company Bookstore) というのが大いに泣かせる。ウディ・アレン監督が当然のごとく、1920年代のパリを描いた『ミッドナイト・イン・パリ』(原題Midnight in Paris) でも描いている書店でもある。

パリ5区、セーヌ左岸にある書店で、本の販売だけでなく、1万冊の蔵書を持つ英語文学専門の図書室も併設している(閲覧のみ)。現在の書店は、第二次大戦期まで存在した店の名を襲名した2代目にあたる。

初代シェイクスピア・アンド・カンパニーは、ニュージャージーから移住して来たアメリカ人女性シルヴィア・ビーチによって1919年開かれた。場所は当初はデュプイトラン通り8番地で、1921年5月にオデオン通り12番地に移り、以後1941年の閉店までこの場所にあった。

パリにおけるアングロアメリカン文学とモダニズム文学の中心地であり、アーネスト・ヘミングウェイ、エズラ・パウンド、スコット・フィッツジェラルド、ガートルード・スタイン、ジョージ・アンタイル、マン・レイ、ジェイムズ・ジョイスなどがこの書店で多くの時を過ごした。この店の愛顧者は、D.H.ロレンスの『チャタレイ夫人の恋人』のように英米で発禁になった書物も手に入れることができた。また1922年、アメリカ合衆国とイギリスで発禁処分を受けていたジェームズ・ジョイス『ユリシーズ』の最初の出版元となった。そして1941年12月閉店した。

1951年、アメリカ人のジョージ・ウィットマンによって、もう一つの英語書籍の専門店がまず〈レ・ミストラル〉という店名で開かれた。この店もまたパリ左岸のボヘミアンたちの文学活動の中心地となり、1950年代にはアレン・ギンスバーグ、グレゴリー・コルソ、ウィリアム・バロウズといったビート・ジェネレーションの作家たちの拠点となった。1962年のシルヴィア・ビーチの死に際して、この書店は〈シェイクスピア・アンド・カンパニー〉を襲名した。また、常連のなかにはヘンリー・ミラーもいた。店は今のビュシュリー通り37番地に位置していた。この店には13基のベッドを備えた宿泊施設があり、ここで4万人もの人物が寝泊まりしたという。

なので、筆者もパリを訪れる際には必ず訪れた。好きな書店だった。

話を映画に戻そう。パリを散策してセーヌ川を走る遊覧船〈バトー・ムッシュ〉を降り、その船着場でハイヤーの運転者と合流する。連絡先をたずねようとするセリーヌを遮って、ジェシーはセリーヌを空港へ行く途中、家までセリーヌを送っていくことにする。

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車がセリーヌのアパートに着く。別れのときになって、車を降りたセリーヌがジェシーをようやく抱きしめる。
「大丈夫。溶けてしまわないみたいよ」
「ずっとこうしていたい」

アパートの戸口まで来て、セリーヌが尋ねる。
「さっきの話は本当? それとも、女をベッドに誘う手なの」
「ばれたか」

セリーヌの飼い猫がやって来て、セリーヌはそれを抱き上げる。ジェシーはセリーヌに歌をせがみ、ふたりはアパートの螺旋階段をのぼっていく。ふたりは先ほどまでの饒舌が嘘のように無言になる。

セリーヌはカモミールティーを淹れ、「ただのワルツ」を1曲だけ歌う。それは、たった一夜だけ本当の恋におちたジェシーという名の男を歌った創作曲だった。

ジェシーはラックにあるニーナ・シモンのアルバム『トマト・コレクション』から『ジャスト・イン・タイム(Just in Time) 』をステレオでかける。

セリーヌは、ニーナ・シモンの演奏に合わせ、パリ公演で見たというニーナ・シモンのマネをしながら、ジェシーの前で腰をふる。

「ベイビー、飛行機に乗り遅れるわよ」
「そうだな」

ここでニーナ・シモンの曲というのがいい。何しろ、彼女はアメリカ生まれで、やがてシモーヌ・シニョレに因んで「ニーナ・シモン」と改名。やがてアメリカの公民権運動に抗議するかたちでフランスへ移住しちゃった黒人のジャズ歌手、ピアニスト、作曲家なのだ。

1987年に〈シャネルNo.5〉のコマーシャルで、1958年のニーナ・シモンのデビューアルバムの曲『マイ・ベイビー・ジャスト・ケアズ・フォア・ミー(My Baby Just Care for Me)』が使われてリバイバルヒット!  このコマーシャルの監督が、リドリー・スコットだった。