甑倒し。酒造りの季節が終わり、蔵に春がやってくる

蒸米の大量の湯気が広がる蒸きょう/Photo:Yoshiyuki Ito

佐渡からの日本酒通信#23

酒造りのシーンで好きなものの一つに、「蒸きょう(じょうきょう)」という酒米を蒸す作業がある。仕込みの間ほぼ毎日、夜も明けきらないうちに大きな釜に乗せた甑(こしき)で酒米を蒸す。ゴゴーッと響き渡るボイラーの轟音。甑の上に被せてある布が米の蒸し上がるにつれて大きく膨らみ、蒸米のモサッとした匂いと大量の湯気が冬の冷え切った空気の中にモワモワと広がっていく。まるで誕生間近の赤ん坊が大きく息を吹き出しているようだ。甑を囲むようにその時を静かに待つ蔵人たち。布を取り去ると同時に、湯気と生命力がはちきれんばかりに飛び出していく。全員が持ち場で動き出し、仕込み蔵が一気に活気づく瞬間だ。この一連の流れは、何度見ても飽きることがない。

甑の中では酒米が幾層にも布で仕切られて入っている。蒸しあがった米は麹米を作ったり掛け米にしたりするわけだが、数十本のタンクそれぞれに必要となる酒米の種類も用途も違い、故に求められる蒸し上がり具合も様々だ。それを米の浸漬時間で吸水程度を加減し、甑に入れる際の順番で火力のかかり方を調整するのだ。

先日、「甑倒し」を迎えた。甑を倒すとは、大きな釜から甑を下ろし丁寧に洗って片づけることだ。と同時に、酒の仕込みが一段落することを意味する。多くの蔵では無事に仕込みが終わったことを祝して、甑倒しの祝宴を開く。うちでも杜氏や蔵人、そして酒米の栽培農家の皆さんを招待して労をねぎらう宴を毎年催している。杜氏は仕込み期間中蔵に泊まり込んで晩酌もしないので、甑倒しは久しぶりにゆっくり酒を飲むことの出来る祝いの日だ。まだ醪(もろみ)が残っているので気は抜けないが、盃を傾ける表情はそれまでの厳しい顔から一転して穏やかになる。正月返上で緊張感に包まれていた蔵に春がやってくる祝いの日でもある。

私が子供の頃、うちの蔵人は季節労働で農家の人が多かった。春から秋には米を作り、晩秋から春先にかけて蔵で酒を造るというわけだ。半年近い仕込みの間、自宅に戻ることなく蔵で寝泊まりする。当時の杜氏は、寺泊から佐渡に来てくれていた。家族と長く離れ蔵に入っていた造り手たちにとって、甑倒しは故郷に戻る日の到来を告げる喜びの催しであったことだろう。ひっそりと佇む甑は、そんな造り手たちひとり一人の物語をずっと見守ってきたのかもしれない。

甑を使った蒸きょうは蔵の冬の風物詩にふさわしいと思うが、近年は連続蒸米機と呼ばれる蒸米機を使う蔵が多くなってきている。これには横型のベルトコンベヤー方式のものと縦型の蒸米落下方式があるが、両方とも合理的かつ連続的なことが特徴だ。浸漬から蒸米、放冷まで自動でやってくれる。

一方、甑は手作業が多く釜に被せてある布を取るのも、蒸し上がった米をスコップですくい出すのも蔵人に負う。連続蒸米機も甑も出来上がった蒸米の品質に大きな違いはないかもしれない。しかし、極寒の早朝、はちきれんばかりの生命力を人間の手と力で受け止めるのはなんとも尊い。だからこそ、その姿は白く立ち上る湯気の中で神々しく輝くのである。

Photo:Yoshiyuki Ito