フランスもクリュッグもイギリスと友好!?

1843年はヨーゼフ・クリュッグがランスでシャンパーニュ メゾン クリュッグを設立した年である。

今日、”シャンパーニュ”という呼称を用いてよいのはフランスのシャンパーニュ=アルデンヌ地域圏のブドウだけを使ったスパークリング・ワインに限られる。当時飲料というのは、現代のように配送手段が発達していなかったため、生産する地域の人が主に飲む、ある意味希少なものだった。シャンパーニュもしかりである。しかも製法も、 この地域圏の様々な畑から採れたブドウのワインを独特のレシピでブレンドするアッサンブラージュ、瓶内二次発酵のために糖分を添加するティラージュなど何段階かの工程を経たものでなければならない。

1834年にシャロン=シュル=シャンパーニュの製造会社「メゾン・ジャクソン」に入社したクリュッグ創業者のヨーゼフ・クリュッグは、またたくまにこうしたシャンパーニュ醸造の作業に習熟。そしてジャクソン社の社長ファミリーであるイギリス人女性アンヌ=エンマ・ジョーネイと結婚し、この会社の共同責任者をつとめるまでになったが、「気候に左右されず毎年最高のシャンパーニュをつくる」という自身の理想とするシャンパーニュを追い求めて、その後1843年に独立を果たしたのである。

クリュッグ グランド・キュヴェ/Photo:Naoto Hayasaka

イギリス人妻の内助の功はまことに大きく、メゾン クリュッグの発展におおいにあずかって力となったが、じつは、この1843年は、 フランスにとってもイギリスとの友好関係が揺るぎないものとなった重要な一年であった。

というのも、 この年の8月、 イギリスのヴィクトリア女王は夫のアルバート公、それに外務大臣のアバディーンとともにノルマンディーのウー(Eu)城を訪れ、 町民から大歓迎を受けたからである。

1843年、ウー城を訪問するヴィクトリア女王/Artist:Eugène Lami, The Yorck Project: 10.000 Meisterwerke der Malerei. DVD-ROM, 2002. ISBN 3936122202. Distributed by DIRECTMEDIA Publishing GmbH.

では、 なにゆえにヴィクトリア女王は英仏海峡にあるこの小さな町の城を訪問先に選んだのか?

ウーが歴史に登場するのは、 1578年に、 ウー女伯爵であったカトリーヌ・ド・クレーヴの夫アンリ・ド・ギーズ(「3人のアンリの戦争」で知られる猛将)がこの町に壮麗な城を築いてからである。 ところが、 彼が1588年に暗殺されてしまったため、 城は完成しなかった。 しかし、 1660年、 ルイ14世の従姉で、 フランスで最も裕福なお姫様だったモンパンシエ女公爵、 通称グランド・マドモワゼルがウー伯爵領を買い取ったことから、城は整備され、面目を一新する。見事なシャトーと庭園が築かれ、宮廷人もここを訪れるようになったのである。

ところが、 グランド・マドモワゼルはルイ14世によって投獄の憂き目にあった愛人を救うため、城をメーヌ公(ルイ14世の庶子)に売却してしまう。城は後に相続の関係で、 パンティエーヴル公爵の所有となった。

このパンティエーヴル公爵の子孫に当たるのが七月王政の王ルイ=フィリップであった。

さて説明が長くなったが、 これで1843年にヴィクトリア女王がウー城を公式訪問した理由が理解できたのではあるまいか?つまり、ヴィクトリア女王は夏の小旅行という口実のもとルイ=フィリップ王の離宮であるウー城を訪れて、英仏友好を盛んにアピールしたということなのである。

ヴィクトリア女王/Art:Everett / Shutterstock

ルイ=フィリップ王は大革命の時にイギリスに亡命し、土産としてこうもり傘を持ち帰り、 自らのシンボルにしたことで知られるが、この親英派の王のもとでフランスは長年続いたイギリスとの敵対関係を清算することができたのである。

このように、 ナポレオン帝政の時代には激しく対立した英仏両国だが、 七月王政下では緊密な連絡を保ち、共同歩調を取ることが多くなった。

このほか、1843年の目ぼしいニュースとしては、 共和左派のルドリュ=ロランと社会主義者のルイ・ブランが機関紙「レフォルム(改革)」を8月に創刊したこと挙げられる。 というのも、 これから5年後の1848年、 この党派は改革宴会の開催を巡ってルイ=フィリップの政府と対立し、 2月革命を準備することになるからである。冒頭でもふれた理想を実現するため1843年にメゾン クリュッグを設立したヨーゼフ・クリュッグだが、この間1845年の収穫を用い、1846年にブレンド及び瓶詰めしたクリュッグ グランド・キュヴェの最初のリクリエイション1ére ÉDITIONを生み出している。

 

【連載記事一覧】
Vol.1<ナポレオンに思いを馳せつつ、クリュッグを嗜むとは!?>
vol.3<クリュッグの歴史とフランス史は重なっている!?>

お酒は20歳になってから。飲酒運転は法律で禁止されています。妊娠中や授乳期の飲酒は、胎児・乳児の発育に悪影響を与えるおそれがあります。お酒は楽しく適量で。