とっさの日本語こそ、難しい!?

Illustration:Nao Sakamoto

心のふきだし#57

よく英会話の本に「とっさの英会話」というものがある。急に外人から話しかけられたり、海外旅行に行ったときにこれを知っておけば大丈夫!というものだ。

しかし、肝心の日本語はどうなのだろう?とっさのときに、その場にふさわしい日本語を発しているのだろうか?

以前身内に不幸があった時、いろいろな手続きの中に銀行やクレジットカード会社への連絡もあった。面倒だけれど一社ずつ連絡をしなければならなかった。そういう時に「⚫︎⚫︎が亡くなって」といちいち言わないといけなかったのだが、ほとんどの会社が「あ〜そうですか」ととても事務的な受け答えだった。

最初は「あれ?聞こえたのかな。本人が亡くなったのに」と思ったけれどもあまりに何社も同じリアクションが続くのでしだいに慣れていった。一社だけ、あるカード会社から「それはご愁傷様でございました」と言われたので逆にびっくりしたくらいだ。

顧客に不幸があった場合の「こういうことを言いましょう」というのは多分仕事のマニュアルにはないのだろう。この場合の対応としては銀行もクレジットカード会社も、亡くなった人の口座やカードを止めるのが仕事なのでその役目を遂行してくれたら問題はないわけだ。

お悔やみの言葉をかけてくれた人は、その方自身の心から出たとっさの言葉なのかもしれない。もしくはそのクレジットカード会社にはそこまで徹底したマニュアルがあったのか、定かではないが、殺伐とした対応が続いたのでその一言はとても心に響いた。

お通夜やお葬式の場で「ご愁傷様です」と言うのは、組み合わせとして人々にインプットされている。けれども場所が変わるととっさにいたわる言葉は出てこないのだろう。

この場合はやや特殊な例かもしれない。しかし日常生活でも起こりうる。

今住んでいる家に引っ越してすぐの頃、家の近くで気軽に行けるレストランを探していたときのことだ。たまたまランチで行ったお店が二軒あって、美味しくて素敵だったのでお店の人に聞いてみた。

まず一軒目のお店に「夜は混んでいますか?家が近いからまた来たいけど予約しないと無理ですか?」と聞いた。お店の人は「今夜も満席です。一回目の人が帰った9時半くらいなら入れるかもしれません」とのこと。

もう一軒のお店にも「ここのカウンターは一人で来る人いますか?」と尋ねると「うちはほとんどいないですね。接待で来られる方が多いので」と返ってきた。

突き放すような感じでこう言われてしまったら、どちらも行く気にならなくなってしまう。多少サービスでも「突然でも大丈夫ですよ。たまにお待たせすることもあるかもしれません」や「一人で来られている方も多いですよ」などと言ってくれたら嬉しかったのだが。

どちらも悪気なく、むしろ正直に言ってくれたので責める筋合いはない。突然の質問にはとっさに相手の気持ちをおもんばかる答えは思い浮かばず本当のことを言ってしまうのだろう。

案外人との会話は何気なしにしていることが多いのかもしれない。人間関係がすでに出来ていればいくらでも修復できるし、言い直すこともできる。けれども初めてたまたま会った人には、その何気ない言葉で取り返しがつかないことになることもある。

仕事の場面でも、久しぶりに会ったクライアントに「最近お仕事どうですか」とか「最近業界では何か動きがありましたか」などと突然聞かれることがある。そういう時に気の利いた言葉を言えずに「まあまあですね」などとぼんやり答えてしまいがちだ。こういう時に最近手がけたおもしろい仕事のことや、業界のスペシャルな出来事などをさらっと話せるようになりたいものだ。

いつも「アポを取ってきちんと話したい」と思っていた相手に限って突然出会ってこういうしくじりをしてしまうのだ。後で「あ〜あのときこう言えば良かった」と思ったとしても、それもあとの祭りだ。

とっさの言葉をきたえるのは難しいが「相手がどのような状況かを理解する想像力」の訓練をすることなのかもしれない。何かを聞かれた時や、言われた時に一瞬相手の気持ちを心の中で考えるくせを付けたらまた少し変わってくるかもしれない。そのようなことを考えるのは無理だ、と言われるかもしれないが、2~3秒でも心の中で考える習慣をつけてみる。そういうことで人とのコミュニケーションは確実に変わってくるはずだ。

とっさの英会話、という文字を見るたびに「とっさの日本語こそ難しい」と自分に言い聞かせるようにしている。

Illustration:Nao Sakamoto