シューベルト『鱒』を対位法的に用いた!?黒澤明『天国と地獄』

『天国と地獄 【東宝DVD名作セレクション】』DVD(税抜き2,500円、発売・販売元:東宝)

オトコ映画論#51

1961年に『用心棒』『椿三十郎』と傑作娯楽時代劇を世に送り、次回作には現代劇を構想していた黒澤明が、たまたま読んだというエド・マクベインの警察小説『キングの身代金』(1959年)を原作に、1963年に『天国と地獄』(英語題High and Low)として映画化した作品。

映画化した理由は2つあり、「徹底的に細部にこだわった推理映画を作ってみようということ」と「当時の誘拐罪に対する刑の軽さに憤っていたこと(未成年者略取誘拐罪で懲役刑が軽かった)」があり、小国英雄・菊島隆三・久坂栄二郎・黒澤明の脚本チームが脚本を完成させた。

ナショナル・シューズの権藤専務(三船敏郎)は、自分の息子と間違えられて運転手の息子が誘拐され、身代金3,000万円を要求される。苦悩の末、権藤は運転手のために全財産を投げ出して3,000万円を用意する。無事子どもは取り戻したが、犯人は金を奪い逃走。権藤自身は会社を追われてしまう。巧妙なプロットもさることながら、描写ひとつひとつが丁寧に描かれていて、傑作サスペンスに仕上がっている。

おもしろいことに、『野良犬』(1948)同様に真夏の刑事物なのに、撮影時期は真冬。俳優たちは口の中に氷を入れて、吐く息が白くならないようにしたという。燃やすとピンクの煙(パートカラー)が立ち上るのをそのまま引用した本広克行監督の『踊る大走査線 THE MOVIE』(1998)では、反対に真冬のサスペンスを真夏に撮影した。

「ホシの言いぐさじゃないが、ここから見上げるとあの屋敷はちょっと腹が立つなあ。まったくお高く構えてやがるって気がするぜ」

と若い荒井刑事(木村功)は、横浜市内を流れる大岡川に沿った道を歩きながら、つい本音を漏らす。表題の「天国と地獄」の対比どおり、横浜の高台に住む権藤と横浜の貧民街に住む犯人の高さ的な違いが描かれている。このシーンで流れる曲が、昔小学校の登下校でよく聞いたような、フランツ・シューベルト(1797-1828)のピアノ五重奏曲『鱒』。この直後、皮肉にも川の向こう側を歩いているミラーサングラスをかけた犯人の竹内(山崎努)と偶然すれ違う。これが犯人の初登場の場面なのだ。