メゾンのもうひとつの柱、クリュッグ ヴィンテージ

クリュッグ グランド・キュヴェとはいかなるシャンパーニュなのか? 3回にわたる連載でその全貌を明らかにした。しかしここで、もう一度思い出して欲しい。連載第1回目において、創設者のヨハン・ヨーゼフ・クリュッグが幼い息子ポールに残したあの言葉を……。

創業者であるヨハン・ヨーゼフ・クリュッグの肖像

「原則として品質的に変わりのないふたつのキュヴェを造るべし。第1のキュヴェは天候に左右されず、毎年最高を目指したもの。第2のキュヴェは年に応じ、その個性を表現したもの」。

ヨハン・ヨーゼフが息子ポールに残した手記

第1のキュヴェが今日のクリュッグ グランド・キュヴェであり、昨年アッサンブラージュ(=ブレンド)されたものまで175の”作品”が造られていることはすでに述べた。グランド・キュヴェは7年間もの瓶内熟成を施すため、現在、市場に出回っているのは163番目の作品「163 エディション」だ。

では第2のキュヴェとは何か?

これこそグランド・キュヴェと並ぶメゾンのもうひとつの柱、クリュッグ ヴィンテージである。

ワイン大国フランスとはいえ、ブドウ栽培の北限に位置するシャンパーニュ地方は、気候条件が厳しい。冷涼ゆえにブドウがなかなか熟さず、比較的雨が多く、病気にもかかりやすい。異なる収穫年のワインをアッサンブラージュしたノンヴィンテージが一般的となったのは、年ごとに大きく異なる品質を均一化するためであった。

そのようなシャンパーニュ地方において、天候に恵まれた年に、当該年のブドウのみから造られるシャンパーニュがヴィンテージ。すなわち単一収穫年の表示されたシャンパーニュである。

だが、しかし……。

クリュッグ グランド・キュヴェが一般的なノンヴィンテージと異なり、単に均質化のためではなく、収穫年の異なるワインをそれぞれの個性を引き出しながら構築的に組み合わされたものであるのと同様、ヴィンテージもまた、単に恵まれた年だからという理由で造られるものではない。

例えば80年代、多くのメゾンが83年や86年のヴィンテージを出したが、クリュッグは81年、82年、85年、88年、89年の5ヴィンテージにとどまった。90年代は著名なプレステージ・キュヴェですら92年や93年まで造る中、クリュッグの場合は90年、95年、96年、98年の4ヴィンテージのみという寡作ぶり。

なぜならば、クリュッグにとってヴィンテージとは、創設者ヨハン・ヨーゼフの教えどおり、「その年ならではの表現」が可能な年でなければならないからだ。

例えば10/10のヴィンテージと呼ばれる1996年。10/10とはブドウの糖度も酸度もともにリッターあたり10グラムを意味する。しばしば偉大な年と見なされるが、シェフ・ド・カーヴのエリック・ルベルは「簡単なヴィンテージではなかった」といい、「極度の熟成と爽快さの間を疾走する野生馬のよう」と形容する。続く98年は質的にも量的にも素晴らしい年。しかし、熟成のポテンシャルを求めつつ、この年の特徴を表現するために、シャルドネ主体というクリュッグでは例外的なアッサンブラージュに挑んでいる。

クリュッグ 1998

最新のクリュッグ ヴィンテージは2002年。シェフ・ド・カーヴのエリック・ルベルは、2002年についてこう語る。

エリック・ルベル

「非常に穏やかで恵まれた年を音楽にたとえ、“自然への賛歌”と名付けました。美しく重なり合うフルーツの風味、そして格別な深みと優雅さを備え、卓越した表現力をもつワインの生産にふさわしい、完璧な条件が揃った年でした」。

クリュッグ グランド・キュヴェがどのエディションであろうと、つねにクリュッグ グランド・キュヴェのスタイルを守り抜くのとは対照的に、その年のメッセージが鮮明に表現されたクリュッグ ヴィンテージ。2002年にはまだエピソードが残されているのだが、この続きはまた次回のお楽しみに。

 

【連載記事一覧】
Vol.2<クリュッグ 2003がクリュッグ 2002より先に出荷された理由とは?>
Vol.3<真のクリュッグ・ラヴァーは『コレクション』を嗜んでこそ>


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