日本橋サルトリア・イプシロンのファンシー・ジャケットにはココ・シャネルもびっくり!?

モード逍遥#32

ココ・シャネルが初期のジャケットに使用したことで知られる英国のリントン・ツイード。ほんらいは女性向けのファンシーなツイードであったが、その生地をメンズジャケットに使用したコレクションがこの秋冬から発売されるらしい。

そんな折り、モード界に負けてはならじ、と日本橋のサルトリア・イプシロンが発表したのがファンシーなウール素材で仕立てられたテーラードジャケットである。

変形したバーズアイのような柄をグレー、ブルー、茶、黒といった先染めの色糸を混ぜて織った、見た目こそトレンドを先取りしたファンシーな生地だが、生地の目付けは400グラムを超えるヘビーウエイトなもの。打ち込みもしっかりして、防風性も高そうだ。

Photo:Shuhei Toyama

じつはコレ、サルトリア・イプシロンのオーナーである船橋幸彦さんが、ローマ武者修行時代の1980年頃に泥棒市で購入した、チェルッティ1881のヴィンテージ生地なのである。

筆者がサルトリア・イタリアーナの取材を開始したのは1993年。手初めにローマのアンジェロ・リトリコでスーツを作ってみるかとスキラ通りに出向いたのだが、リトリコ氏はすでに鬼籍に入っておられた。そんなとき出会ったのがローマの若手サルトとして売り出し中の船橋幸彦、通称ユキさんだった。

ユキさんは、長崎の仕立て屋の次男坊。サヴィル・ロウで修行した後、ローマのトミー&ジュリオのカラチェニで働き、そこでフェデリコ・フェリーニ監督などの著名人のスーツを手掛け、独立を果たしていた。

なにしろ好奇心旺盛な食道楽で、愛用のフィアット・チンクエチェントを駆り、イタリアの長靴列島を端から端まで旅していたらしい。その熱血行動派ぶりは、ファッション評論家の故鯨岡阿美子さんのエッセイでも紹介されているほどだ。

 

泥棒市というのは、ローマのポルタ・ポルテーゼで毎週日曜の早朝からお昼頃まで開催される蚤の市のようなもの。

出店者にはジプシーなどもいて、怪しいことこのうえないが、たまに驚くような掘り出し物がある。筆者もここで、マフィアの情婦が着たような毛皮がライニングされたコートを手に入れてオミヤゲにしたところ、嫁に呆れられた経験をもつ

しかしユキさんの興味は、単に泥棒市で見つけたオメガの手巻きシーマスターや真鍮製の小さなハサミケースなど、だけではなかった。ポルテーゼ門のそばのテスタッチョと呼ばれる地区には、かつて屠殺場があった。そのため、新鮮な肉や内臓類を出すゲテモノ料理店が今も存在しているのである。

泥棒市で見つけた真鍮製の小さなハサミケースとオメガの手巻きシーマスター。敷かれた生地は今回ジャケットを仕立てたチェルッティのもの/Photo:Shuhei Toyama

ユキさんはそこで、牛の脳みその天プラとかパイアータと呼ばれる子牛の小腸の料理などを食べに毎週通っていたらしい。

「子牛の腸を噛むとね。ほのかに母乳の香りがするんです」と、狂牛病発生以前の時代を懐かしそうに語るユキさんの旺盛な好奇心に対し、筆者はただ感心するのみなのである。

そんな男だから、このファンシーな生地についてもいろいろ調べたらしい。

というのも彼のアトリエヘ行くと、ストック棚に長年大切そうに保管されているこの生地がある。ぼくら服好きはそれを肴に「この生地って、アルマーニがチェルッティのテキスタイルデザイナーをほんの一時期だけやっていた頃の雰囲気があるね」とか「ヒットマンだろ。たしかにその匂いがするよ」などと、勝手に議論していたからだった。

行動派のユキさんは、チェルッティとアルマーニに問い合わせた。するとチェルッティから、なんと返事が届いたのである。

「大量にファイリングされている当社のアーカイブ・コレクションを調査した結果、この生地は1979年、パリのチェルッティ旗艦店CERRUTI1881の注文服用生地として、ニノ・チェルッティ本人がデザインした貴重な品番として確認されました」

見事に仕立てあがったジャケットを見ると、確かに格好いいのだが、厚手で重そうだなと思う方も多くいらっしゃるであろう。

しかしこの服、ユキさんが長年かけて開発し特許まで取得した『やじろべえ』理論によって、首のうしろを中心にして肩の傾斜と地の目のバランスを完璧にとっているため、約1キログラムほどある上着の重さをまったく感じないほど快適な着心地なのである。

伝統あるイタリアの生地製造業を営む一家に生まれ、1950年代後半にメンズプレタ部門に参入し、その後のメンズモードを牽引したニノ・チェルッティ。そんなファッション界の重鎮の手になるかつての名作生地を、それが再びもっとも輝く時を狙って、テーラードジャケットとして蘇らせた手腕は見事と言わざるを得ない。

最近、仕事中に聞いているという手動の蓄音機に古いオペラのSPレコードをセットしながら、「昔の人が手仕事で作ったモノって、ぼくらが考えている以上に優れたものなんですよ」と、船橋さん。たしかにその蓄音機から流れるプッチーニ作曲の『ネスンドルマ(誰も眠てはならぬ)』は、深く心にしみる音色がした。

サルトリア・イプシロンオーナー船橋幸彦氏。奥には最近愛用している手動蓄音機が/Photo:Shuhei Toyama

Photo:Shuhei Toyama