『蝶々夫人』の理想的キャスティングとは?

週刊ファッション日記 番外編

初台の新国立劇場でプッチーニ「蝶々夫人」を観た(公演2日目の2月5日)。1月上演の「カルメン」に負けず劣らず、このオペラも人気があり、満員御礼である。しかし、日本人にとっては後味が良くないオペラだ。私が演出家だったら、大団円で蝶々さんがピンカートンを刺して自分も自害するという演出をしてみたいとかなり前から夢想している。最後の「蝶々さ~ん」と遠くから呼びかけるピンカートンの声は、刺されて瀕死の断末魔の叫びだと考えれば、十分に可能な解釈だと思うが、誰かやってくれないものか。それぐらいこのピンカートンは古今のオペラ作品で最大級の厚顔無恥な破廉恥漢である。

第1幕:ピンカートンと蝶々さんの婚礼の場面/撮影:寺司正彦、提供:新国立劇場

それはともかく、今回の目玉は、蝶々夫人に新国立劇場オペラ研修所第3期生の安藤赴美子がキャスティングされたことだろう。この歌劇場では2007年上演の岡崎他加子以来実に10年ぶりとのことだ(代役だと2014年出演の石上朋美が1回だけある)。難曲だらけの出ずっぱりの難役で、日本人歌手にはちょっと歌いきれないのか、外国人の起用が多く、私は可愛らしい歌手なら外国人でも違和感はあまりないのだが、やはり、日本人歌手だと悲劇性と西洋対東洋の図式が一層際立つ。安藤はよく頑張ったが、メダルには手が届かなかったという感じだろうか。声量がないのはさほど気にならなかったが(私の席は1階16列)、余裕がないので高音がヒステリックに響く。また低音のパートが聞き取りづらかった。この蝶々さん役はソプラノにしてはかなり低い声が要求されている。スタミナもいるし、本当に難しい役である。日本の歌劇場では、やはり日本人歌手が蝶々さんを演じるのがベストだとは思うが、これだけの難役だとそうもいかないのだろうか。

ピンカートン役はこれはどんなことがあっても外国人でないとダメ。日本の歌劇団の上演だとこの役まで髪を金髪や茶髪に染めた日本人テノールが歌って、日本人の蝶々さんとまるで新派の芝居みたいになるケースがあるが、本当に興ざめである。今回のリッカルド・マッシは天を突くような大男だが、何も考えていない己の性欲に従って行動する能天気な海軍士官を演じていた。

長崎領事館領事のシャープレスはもちろん外国人がいいが、大柄で演技力のある日本人でもこの役は何とかなる。この演出になってからここ3回ばかりは甲斐栄次郎が演じているがこれがなかなかいい。領事は人格者の日本人だと錯覚するほどだ。しかし、この男がもっとしっかりしていれば、最悪の悲劇は避けられたのではないかといつも思う。

第2幕第1場:ピンカートンの帰りを待つ苦悩の日々。蝶々さんと女中のスズキ/ 撮影:寺司正彦、提供:新国立劇場

蝶々さんの女中のスズキや女衒のゴローや蝶々さんを後妻にしようとするヤマドリはやはり日本人がいい。今回とくにスズキ役の山下牧子が好演だった。

今回も残念だったのは、ピンカートンが長崎に連れてくる新妻ケイトが日本人(佐藤路子)だったこと。この役は外国人でないと話の辻褄が合わない。この版では歌うのもわずかなので(初版だと結構歌う重要な役なのは最近TVで観た昨年12月のスカラ座の開幕公演で知った)、大柄で外国人っぽい日本人ならいいと考えたのだろうが、違和感が残った。それに佐藤路子みたいな主役級をなぜチョイ役(失礼!)で使うのか?

要するに、私は、ピンカートンとその新妻ケイトさえ外国人ならキャストの国籍にさほど文句はない。

いろいろ不満はあったが、栗山民也の演出は、ちょっと動きが多く煩わしい場面があったが、全体にはよく練られたものだった。ただ、急勾配の階段は事故がなければいいがとハラハラさせられた。

第2幕第2場:自害する前に我が子を抱く蝶々さん/撮影:寺司正彦、提供:新国立劇場

なお2月11日(土・祝日)14時から最終公演がある。

Photo:撮影・寺司正彦、提供・新国立劇場