クリュッグを嗜むドレスシューズ

アンディ・ウォーホルの日記を読んでいたらこんな記述を見つけた。

1978年某日、日中はファクトリーで仕事をこなし、5時30分に21クラブでバッグ屋のパーティー。8時45分にフレンチ・レストランでディナーをとるまでの間にバーニーズでジョルジォ・アルマーニ、MoMA美術館でローリングストーンズのアニバーサリーなど3つの催事に出席。その後は、ジャッキー・オナシスご用達の帽子屋のパーティー、スタジオ54で開催された動物愛護慈善イベントなど、翌朝まで酒とバラの日々を過ごしていた。

日記にはどんなシャンパーニュがふるまわれたかは記されていないが、筆者はジャッキーご用達の帽子屋のデザイナーであるジョー・ユーラが催した小宴に、『クリュッグ』が饗されたのではないかと勝手に想像している。というのも、この特別なシャンパーニュは、気の置けない身内だけのパーティーに好まれる、と聞いたことがあったからだ。ちなみに船舶王アリストテレス・オナシスがプライベートな宴で出すシャンパーニュはクリュッグであったという。

パーティーに饗されるクリュッグ グランド・キュヴェ
筆者は80年代半ばに一度だけ、アンディばりのNYナイトクラビングを、米国の大学で日本の伝統芸能を研究する年配の友人と経験したことがあった。

画廊巡りから始まり、ディスコやクラブを巡り、空が白々とした頃に友人は「Late-Night Breakfastを試してみないか」と、スクランブルドエッグス、グリルしたソーセージ、フレンチトースト、ブリオッシュ、ストロングコーヒー、そして「ぼくはこの芳醇な味が好みでね」と、『クリュッグ グランド・キュヴェ』を注文した。筆者は彼の健啖な胃袋に呆れると同時に、シャンパーニュのシックな使い方に感心したものだった。

シャンパーニュは、生産年の天候によって味が左右されるもの。しかしクリュッグ グランド・キュヴェは、ブドウの個性を大切にするために手間のかかる独自のアッサンブラージュを毎年0から行うことにより、卓越した最高の味を毎年供給できるのだという。だからこそクリュッグしか飲まない熱心なマニアが存在するのだろう。

さて、アンディ・ウォーホルがパリの小さな、といっても4代続く老舗のビスポーク靴店で、職人修行を始めたばかりの娘にローファーを注文したのは、シルクスクリーン技法を完成させた年の1962年のことだった。

娘の名はオルガ・ベルルッティ。アンディに靴屋を紹介したのはイヴ・サンローランであった。
伝説のローファー『アンディ』が誕生したときの様子を、初来日したマダム・オルガ・ベルルッティは、まるで初めて打ち明ける秘密のように、みずみずしい調子で筆者に教えてくれた。

「あの靴ができたのはアンディも私も若いときでした。パティーヌもあのとき生まれたのよ。あれは私が注文を受けた最初の靴だったから、一生懸命作ったわ。それなのに師匠でもあった伯父さんに見せると、何も言わずにゴミ箱へポイ! そんなことを何度も繰り返しました。革を釣り込むときなんか、金づちで指を叩いたりしてね。おかげで私の指はこんなに太くなってしまった(笑)。

そんな苦労をたくさんしたものだから、彼が足を入れる瞬間はドキドキしたものよ。

でも奇跡、奇跡が起こったのよ! 彼が書いたたった3本の線によるデザイン画をもとに、私が見よう見まねで採寸して作った靴は彼にぴったりだったの! あの頃のアンディはお金持ちではなくて、私も見習い中。革も表面が傷ついた粗野なものしか使えなかった。だから私は必死でマッサージし、細かなキズを隠そうとしたわ。今から考えると、それがパティーヌの発端ね」

書籍『BERLUTI: AT THEIR FEET』。提供:ベルルッティ ジャパン株式会社/Photo:Daisuke Uchida
(パティーヌとはフランス語で古趣、使いこまれた表面のつやを意味する。革の表面にいくつかの色を重ねて、長年愛着をもってはきこんだ靴のような味を出す、マダム・オルガが発明した独特の手法。)

ところで、パティーヌを素人の我々がマネできるはずはない。そこで通常は、靴の表面に磁器のような透明感のある輝きを生む独特の磨き方の手順を教えてもらうことになる。筆者もマダムが臨席した靴磨きのパーティーに呼ばれたことがあった。

ベルルッティ式のシューシャイニングのコツは、ナチュラルな蜜蝋を含んだクリームをあたかも優しくマッサージを施すように薄く何度も塗り重ねて、靴の表面にごく薄いクリームの積層を作ることにある。最後に水滴を少量ふって磨きあげると、革の表面に透明感のあるエレガントな光沢が生じ、しかも撥水性や堅牢性が備わるわけだ。

油性ワックスを使えば手軽にピカピカにすることも可能だが、使いすぎると油分が目詰まりして革の健康を害する恐れがある。この磨き方は上質な革を長持ちさせ、なおかつ上品な光沢を愉しむ理に適った手法だ。

さて、オルガが靴職人としてのキャリアを積んでいく過程で、自然発生的に彼女の才能を高く評価するダンディな名士たちとの交遊が始まる。靴磨きに一家言をもつ男は多い。ロシアの将校はウォッカで長靴を磨いたという。米国の軍人は油性ワックスをジッポーのライターであぶって革靴に浸透させた。

しかしあるとき洒落者が、マダムの靴の仕上げには上等なシャンパーニュこそお似合いだ、とばかりに、グラスに入ったシャンパンで見事に磨きあげた。以来この『クラブ・スワン』と呼ばれる集いで起こった磨き方が、伝説となったのである。

2015年、日本で初開催された『クラブ・スワン』に出席した友人によると、パーティーに饗され、しかも靴磨きの仕上げにも使用されたシャンパーニュは、シャンパーニュの中でも洗練された異端児と言われるクリュッグ グランド・キュヴェだったそうである。蜜蝋の靴クリームにクリュッグのシャンパーニュが混じって、パーティー会場は素敵な香りに包まれたことであろう。

日本で行われた『クラブ・スワン』の様子

考えてみれば、クリュッグとベルルッティの靴には、いくつかの共通点があるようだ。

そのひとつは、金色の発泡した液体を口にしたり、優美なフォルムの靴に足入れをする、その一瞬の間に、人を非日常な喜びの世界へ導く魔法の粉を、このふたつは確かに有しているということである。

次回は、クリュッグとベルルッティ、両者のコラボレーションについてさらにふれていこうと思う。

 

Vol.2 <クリュッグ×ベルルッティのコラボレーションバッグは卓越したメゾンのセンスが触発して生まれた傑作だ>

 

他にはない味わいを夢見た初代の考えを貫き、1843年の創業以来6世代にわたり伝統の製法を忠実に守り続けるクリュッグ家。
芸術にも喩えられるアッサンブラージュと6年以上の長く静かな熟成を経て、独特の深く複雑な味わいが生まれます。

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