ギャルソン社に何があった?『ガンリュウ』休止で丸龍氏退社

毎月ギャルソン社から届くDM。1月は新年の挨拶も兼ねている
Photo:Akira Miura

砂漠のような東京でも…
週刊ファッション日記 #39

コム デ ギャルソン社のブランド『ガンリュウ』は2017年春夏コレクションをもって休止し、同ブランドのデザイナー丸龍文人(がんりゅうふみと、40歳)氏は退社すると同社から発表があった。

退社理由は例によって“一身上の都合”だが、“方向性の違い”(同社関係者)という声もあった。そして「驚いた」という声も同社の複数の関係者からは上がっている。意外な休止&退社だったのだろう。

今まで、私が知る限り、ギャルソン社でブランドを任されているデザイナーが辞めたケースは2件ある。一人は『コム デ ギャルソン・オム』の田中啓一氏(どうでもいいことだが、爆笑問題の田中裕二の兄)。これは田中氏が「川久保玲・社長から直接、方向性が違います。辞めてくださいと言われ退社しました」と田中氏自身が話していた。

もう一人は『タオ・コム デ ギャルソン』の栗原たお氏。『タオ』ブランドは休止になったが、栗原氏は現在も『トリコ・コム デ ギャルソン』のデザイナーを務めている。休止の理由は子供ができたため。これは川久保社長に直接聞いたが「2つのブランドを小さな子供がいるデザイナーが担うのはちょっと難しい」と語っていた。「ではその子供が大きくなったら復活もあるのか?」と問うと「あるかもしれない」と答えていた。

丸龍氏のブランド休止&退社は、自分の名前を冠したブランドのデザイナーのブランド休止&退社だから、田中氏の例とも栗原氏の例とも異なる。ギャルソン社がシグニチャー・ブランドを任すというのはその才能を川久保社長が認めたということで、これはお墨付きみたいなものだ。例えば丸龍氏のデザインを川久保社長や渡辺淳弥・副社長が、野球のバッティングコーチよろしく手直しするという光景は私には浮かばないし、たぶんアドバイスといっても禅問答みたいなものなのではないのか。

ギャルソン社においてはシグニチャー・ブランドを許すのは、「売り上げを含めこのブランドはあなたに任せました」ということである。任せた以上「方向性が合わない」は退社の理由としては考えづらいのである。

考えられるのは、「売り上げがこんなに悪いブランドは要らない」という声が店頭や営業から上がったケースだろう。しかし、今のギャルソン社は、ヨウジヤマモト社やイッセイミヤケ社と並んでインバウンド需要を享受してその業績は決して悪くはないはず。現状の売り上げには目をつぶり、将来への布石として「ガンリュウ」を抱えておくメリットは大きかったはずだ。こうして考えてみると、丸龍氏の退社はますます謎めいてくる。やはり何かあって、“一身上の都合”ということになったのか。

現在ギャルソン社には川久保玲・社長(74歳)、渡辺淳弥・副社長(55歳)の他にシグニチャー・ブランドとしては唯一、二宮啓(32歳)によるウイメンズウエア主体の『ノワール・ケイ ニノミヤ』がある。これとて2012年開始だから、5年を経過している。どんなに才能があってもブランドが一本立ちするには時間がかかるのだ。そうした意味でも2008年にデビューした『ガンリュウ』の離脱はギャルソン社にとっては痛手だったのではないだろうか。『ガンリュウ』に代わるメンズウエアの新ブランドの構想があるのだろうか。このあたりの今後の動きに注目したい。

 

Photo:Akira Miura