寒い国の快適なビジネスインキュベータ

久しぶりのストックホルムは寒かった。気温は、おおむね氷点下か、日中でも2、3度くらいまでしか上がらない。ただ、公園に目をやると、それでも赤ちゃんを連れて散歩をしている人も見かける。

今回はスウェーデン王立工学アカデミーと日本学術振興会が共催する講演会に呼ばれた。私の講演がネットでアナウンスされると、直ぐに、講演会場の近くにあるビジネスインキュベータで働く現地の知人が昼食に来るように誘ってくれた。

現地に到着して間もなく、そのビジネスインキュベータを訪れた。建物の外観は中世のヨーロッパを思わせる伝統的な建物であるが、中はかなり快適に改装されていた。小さい部屋がたくさんあり、それが細い廊下で繋がっている。昔の間取りそのまま使っているので、何か迷路の様なつくりになっている。そんな建物の中にたくさんのベンチャー企業の経営者や技術者が働いている。大学を卒業して起業したばかりの者が殆どで、会社が大きくなれば、巣立っていくという。それらベンチャー企業を支援するインキュベータのスタッフも同様に若く、私の知人も大学を卒業して間もなくそのインキュベータで働き出した一人だ。

そのインキュベータで何よりも感心したのが、その小さい部屋が幾つも繋がった空間が、建物の中にある社会のようになっていたことである。小さい部屋それぞれには、全く違う業種の人達が入っているのだが、コーヒーを飲む場所や昼食を取る場所は、あちこちに有り、自然と人が繋がるような構造を持っている。何よりも家具がいい。個人的過ぎず、公共的過ぎない、いい感じのスウェーデンデザインの家具があちこちに配置されてあり、その建物内の空間を、外の世界とは違った心地よい社会に仕上げている。スウェーデン製の家具のデザインが優れているというのは、こういうところにあるのだと改めて気づかされた。

寒い外を歩いて、建物の中に入ると、そこは単に暖かいだけでなく、自分を受け入れてくれる心地よいもう一つの別の社会がある。外の寒さがあるが故に、その屋内の社会はより人を繋ぎやすくしているのだろう。そう思えば、外の寒さも心地よくさえ感じるようになってきた。少し外を散歩して頭を冷やし、また人がいる屋内に戻ってくる。インキュベータの中で出会った一人は、そんなことを言っていた。

おそらく、暖かい日本で同じように建物を作っても、ストックホルムのような心地よい屋内空間にはならないと思う。もし、日本で北欧のデザインを取り入れた新しい空間を作りたいと思うなら、そのままスウェーデンのデザインを持ち込むのでは無く、そのデザインの裏にある建物や家具と人間の関係からまずは考えるべきだろう。

Photo:Hiroshi Ishiguro