映画『この世界の片隅に』を観ながら、絵を描くことの意味を考えてみる

(C)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会
(C)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

デザインのミカタ #10

私の勤める東京藝術大学美術学部デザイン科の入試には、厳しいデッサンの試験がある。入学してくる人たちは当然ものすごく絵がうまい。しかし今デザインの仕事は、魅力的な図柄や美しく使いやすいフォルムをつくりだすだけでは済まなくなっている。

ビジネスモデルの創出や社会的問題の解決にまでデザインの領域が広がるなかで、はたして“絵がうまい”という能力はどういう強みになるのだろうか? 昨今、デッサン試験のない工学部系デザイン科が増えてきている。では、美大系デザイン科の強みとは何なのか? 絵を描くことの意味とは何か?

そんなことをずっと考えつづけていた折に、評判がいいと観に行った映画『この世界の片隅に』に強く心を動かされた。この映画では“絵を描くことの意味”が問われていたからだ──。

主人公すずは、第二次大戦前に広島の海苔すきの家に生まれた。おっとりした性格で、自分の意志で人生を切りひらいていくタイプではない。お見合いで広島から呉へ嫁いでいく。当時広島から呉へは列車に乗って1時間弱。呉は戦艦大和が母港とした東洋一の軍港だった。戦局が悪化し、空襲が繰り返されるなか、彼女とその周りの人生が揺れ動いていく。そして広島には原爆が投下される……。

(C)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会
(C)こうの史代・双葉社/「この世界の片隅に」製作委員会

すずは絵を描くのが得意だった。絵は彼女の言葉となった。すずは、絵を描くことを通して、友人や親戚の子どもと特別な関係を築いていく。その絵はただ描写がうまいだけではない。瀬戸内海のさざ波を、駆けるウサギの群れとして描いたりする、すずの豊饒な想像力が人々を惹きつけていく。