やはりラクジュアリーなスーツは手縫いでこそ製造可能である

モード逍遥 #26

ラクジュアリー・スーツの進化のスピードが鈍っている。その理由はいろいろ考えられるけれど、もっとも大きな要因のひとつは、製造システムをハンドメイドからマシンメイドに転換したことだと筆者は考えている。

しかしこう書くと、多くの経営者(とくにイタリアの)は、こう反論する。

「マシンメイドのスーツの質は近年すごく向上してきた。その理由は、高品質なスーツを作る機械の性能が格段にアップしてきたからだ。こうした特殊なマシンは、とても高価なものだ。莫大な設備投資をして、高品質なスーツを作り出す。それが現代のラクジュアリースーツを製造するための正しいシステムなのだ!」と。

だが本当にそうなのだろうか? たしかに技術革新した各種マシンの性能は素晴らしいと思う。しかしこうした経営者は、最新機械を一式を揃えてしまえば世界中どこででも同じ質のスーツが作れてしまう、という落とし穴に気づいていないのではないか。

同じような最新設備から製造されるスーツなのに、イタリアの工場で作ればラクジュアリー。いっぽうアジアの工場で作れば量販スーツ。しかしその質の差はわずか。ただし前者より後者の製造量が格段に多い分、製造コストは抑えられる。こうしたカラクリを賢い消費者は身をもって感じているはずだ。

ラクジュアリースーツが再びかっての栄光を取り戻す手段は、ハンドメイド・システムの復活。

その根拠を解説する。

まず第一に、手縫いのボタンホールについて考えてみよう。工程はこうだ。ボタンホールをあける部分の周囲をミシンで縫う。そこにノミで穴をあけ、蝋引きしたシルクの穴糸で一針一針かがっていく。針を輪にした糸の中にくぐらせて引くときの方向性と力加減にコツがあって、ベテランの職人がやると均等で美しい仕上がりになる。そして最後に通称ゲジゲジと呼ばれる糸玉をとめて完成。

ジョン・ル・カレのスパイ小説『パナマの仕立て屋』ではこうしたボタンホールを“ターバンの中心で輝くルビーのように重要なものだ”と形容している。

Photo:Shuhei Toyama
Photo:Shuhei Toyama

機械によるボタンホールの仕上がりはどれも均質になるが、手縫いのボタンホールには職人によって技術の差が歴然と現れる。そのためそれを美しく縫える職人は、この技術だけで一生食っていけるほど重用される。なぜならこうした技術を習得するには何年もかかるからだ。その間の賃金を合計すれば、最新マシンの投資を超えることもある。

つまり職人は工場にとって大切な固定資産なのである。