偉大なシャンパーニュを造るには、偉大なクリュ(畑)が不可欠である

数多あるシャンパーニュ・メゾンの中でも『クリュッグ』は別格。車ならフェラーリ、時計ならパテック・フィリップのような存在と言っても差し支えないだろう。

どのメゾンもボトムエンドの量販アイテムとして収穫年表示のない辛口シャンパーニュ、すなわちノンヴィンテージ・ブリュットを置くものだが、クリュッグにはこのカテゴリー自体が存在しない。いや実際のところ、同社の『クリュッグ グランド・キュヴェ』も収穫年表示のない辛口シャンパーニュには違いないが、価格からしてこれをボトムエンドと呼ぶのは憚られるうえ、クリュッグではグランド・キュヴェこそ究極のシャンパーニュ、メゾンのフラッグシップとまで言い切る。その理由を詳らかにする前に、まずは『クリュッグ』の歴史について語っておく必要がありそうだ。

クリュッグは1843年、マインツ生まれのヨハン・ヨーゼフ・クリュッグによって創設された。うっかり“ドイツのマインツ生まれ”と書きそうになったが、実はヨハン・ヨーゼフが生まれた1800年、カンポ・フォルミオ条約により当時のマインツはフランス領だった。若かりし時にフランスの生活様式に親しんだ彼は、24歳でパリに出て、その10年後、シャロンにあった当時最大手のシャンパーニュ・メゾンに職を得る。

やがてメゾンの重要な役割を担うこととなったヨハン・ヨーゼフだが、自身が理想とするシャンパーニュの追求には、自らメゾンを立ち上げる以外に方法はないと独立を決意。こうして誕生したのが『シャンパーニュ メゾン クリュッグ』である。

Clos du Mesnil
今から4年ほど前のことだが、クリュッグ家6代目のオリヴィエ・クリュッグが初代ヨハン・ヨーゼフの書き残した手記を公開した。ヨハン・ヨーゼフが結婚したのは1841年で、その翌年にひとり息子のポールが生まれている。

Photo:MHD モエ ヘネシー ディアジオ株式会社

ポールが生まれた時、彼はすでに42歳。メゾン創設から5年後、まだ幼い息子に向けて書かれたのが下記の一節だ。

「ひとつ、偉大なシャンパーニュを造るには、偉大なクリュ(畑)が不可欠である。ひとつ、ブドウの質が理想に届かない年もあろう。しかし、そこで妥協すれば、メゾンの評判は容易に失墜すると心得るべし」。

Photo:MHD モエ ヘネシー ディアジオ株式会社

さらに手記は続く。

「原則として品質的に変わりのないふたつのキュヴェを造るべし。第1のキュヴェはつねに天候に左右されず毎年最高のシャンパーニュ、第2のキュヴェは年に応じて変化すべきもの」。

この第1のキュヴェこそ今日のグランド・キュヴェであり、第2のキュヴェは『クリュッグ・ヴィンテージ』にほかならない。たとえヴィンテージのほうがグランド・キュヴェより高価だとしても、両者の間に質的なヒエラルキーなど微塵も考慮されていないことがわかるだろう。しかしながら、ワイン産地として北限に位置するシャンパーニュ地方は、年ごとに気候の違いが大きく、毎年一貫したスタイルを維持することは容易ではない。

そこで収穫年の異なるワインをアッサンブラージュ(ブレンド)し、均質化するアイデアがこの地方で生まれた。単に毎年同じスタイルを表現するのであれば、他のメゾンのノンヴィンテージ・ブリュット同様、過去に収穫醸造したワインをリザーヴワインとして取り置き、その年のベースワインにリザーヴワインを一定量加えれば事足りる。しかし、クリュッグのスタイルを毎年表現するのに、それでは不十分だ。

シャンパーニュ地方に広がる3万4000ヘクタールのブドウ畑は、319のクリュに分かれ、原則として3種類のブドウ品種、ピノ・ノワール、ムニエ、シャルドネが栽培されている。ヨハン・ヨーゼフが最も重要と考えたのは“ブドウの個性”であり、そのためには区画ごとに細分化したベースワインの醸造が不可欠であった。

クリュッグはベースワインの醸造に、今なお伝統的なオークの小樽を使う数少ないメゾンだが、それはオークの香りをワインにつけるためではない。ほとんどすべてのメゾンが使用する巨大なステンレスタンクでは、必然的に、異なる区画のブドウをまとめて醸造せざるを得ない。つまり小樽は、区画ごとに分けられた醸造を行うための理想的な容器なのである。

したがってクリュッグの地下セラーには、今でも98年のアヴィーズのシャルドネといった古いリザーヴワインが区画別に貯蔵されている。こうした古酒を含むベースワインを、職人技というべき巧みなアッサンブラージュの技術を駆使してこそ、あの緻密で奥行きがあり、複雑にして新鮮味のあるスタイルが、毎年再現できる。このように、アッサンブラージュに使用されるベースワインの数は、じつに100~150にも及ぶ。

精緻な絵画を完成させるには、絵の具の数は多ければ多いほどよい。同じように妥協のないアッサンブラージュを実現するため、クリュッグは区画ごとの醸造にこだわるのだ。

創業者ヨハン・ヨーゼフ・クリュッグが目指した第1のキュヴェのリクリエーションにあたり、150年以上の歳月を経た今日も、6代目オリヴィエを含むチームが一丸となってアッサンブラージュに取り組んでいる。その詳細は次回に。

 

【連載記事一覧】

Vol.2 <KRUGは「アッサンブラージュ」である。「アッサンブラージュ」は直感である!?>

Vol.3 <「クリュッグ グランド・キュヴェ」のすべてを暴く!?>

他にはない味わいを夢見た初代の考えを貫き、1843年の創業以来6世代にわたり伝統の製法を忠実に守り続けるクリュッグ家。
芸術にも喩えられるアッサンブラージュと6年以上の長く静かな熟成を経て、独特の深く複雑な味わいを生み出している。

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