タランティーノ監督の『イングロリアス・バスターズ』は、デヴィッド・ボウイの唄う『キャット・ピープル』から着想されたのでは!?

オトコ映画論 #39

©2009 Universal Studios. All Rights Reserved.
Photo:NBCユニバーサル・エンターテイメントジャパン

2009年のクエンティン・タランティーノ監督・脚本の戦争映画『イングロリアス・バスターズ』(原題Inglorious Basterds)は、5章から成る女の復讐劇だ。

タランティーノの映画というと、復讐がテーマの作品ばかりである。かのスリラーの帝王、アルフレッド・ヒッチコックだって、復讐をテーマに1本も撮っていない。しかも、クリント・イーストウッドに至っては『グラン・トリノ』(2008)以来、復讐を全否定するようになった。イーストウッドにとって最高の西部劇は、ウィリアム・A・ウェルマン監督、ヘンリー・フォンダ主演の『牛泥棒』(1943)だった。

『牛泥棒』は日本では劇場未公開なので、簡単にあらすじを書いてみる。

町の牧場主が殺され、牛が盗まれるという事件が起こる。町の長老はこの事件に怒り、自警団を組織し、犯人探しに躍起になるわけだ。そこで、牛を連れて野宿していた3人の男たちを捕まえる。3人は無実を主張するが、自警団の者たちは自分たちの手で裁きを下すこと(私刑)を主張する。私刑を主張する多数派に押し切られ、3人は縛り首になる。

そこに保安官がやって来て、牧場主が死んでいないこと、新たに別の犯人たちが捕まったことを伝える。つまり、3人は冤罪だったのだ。

自警団の男たちは茫然自失となる。そして町の長老が縛り首になった男の手紙を読み上げる。そこには、自分を処刑する者たちへの恨みつらみはまったくなく、人間の良心の尊さが書き連ねられていた。

クリント・イーストウッドがすばらしいのは、復讐の不毛を訴えていることだ。『グラン・トリノ』で復讐は不毛だと言わんばかりに、イーストウッド演じる爺さんは最後の決闘の場に丸腰で(武器を持たずに)出かけているのだ。

話を本題に戻そう。『イングロリアス・バスターズ』の主人公は、家族を皆殺しにされたユダヤ人少女ショシュナ(メラニー・ロラン)。“ユダヤ・ハンター”の異名をとるナチス親衛隊のランダ大佐(クリストフ・ヴァルツ)は、ショシュナの家族を皆殺しにした張本人だった。

©2009 Universal Studios. All Rights Reserved.
Photo:NBCユニバーサル・エンターテイメントジャパン
©2009 Universal Studios. All Rights Reserved.
Photo:NBCユニバーサル・エンターテイメントジャパン

そして叔父夫婦から映画館の経営を引き継いだショシュナは、ナチスのプロパガンダ映画が披露される夜に、彼女の映画館を大炎上させてクライマックスを迎える。家族を殺された復讐に、上映会に集うナチス高官をニトロセルロースフィルムを使って焼き尽くすことを思いつく。

©2009 Universal Studios. All Rights Reserved.
Photo:NBCユニバーサル・エンターテイメントジャパン

そこで流れるのが、ジョルジオ・モルダー作曲、デヴィッド・ボウイ歌の、1982年のポール・シュレイダー監督、ナスターシャ・キンスキー主演の『キャット・ピープル』(原題Cat People)の主題歌。1983年にリリースされたデヴィッド・ボウイの14枚目のアルバム『レッツ・ダンス』(原題Let’s Dance)に所収されている。

この『キャット・ピープル』は猫人間を題材としたアメリカの怪奇映画である、1942年のジャック・ターナー監督、シモーヌ・シモン主演の『キャット・ピープル』(原題Cat People)、および1944年のロバート・ワイズ監督、シモーヌ・シモン主演の『キャット・ピープルの呪い』(原題The Curse of Cat People)のリメイクとなっている。