マルニ創業デザイナー退任に思う。誰がために“ブランド”は あるのか?

砂漠のような東京でも…
週刊ファッション日記 #33

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ちょっと前の事件ではあるが、またまた創業デザイナーがブランドを去った(WWDジャパン10月31日号P.6参照)。『マルニ』のクリエイティブ・ディレクターのコンスエロ・カスティリオーニ(1959年生まれ)がその人。『そろそろプライベートライフを大切にするべき時が来た』と彼女は語ったそうだ。まだまだ若いと思うが。

彼女は25歳の時にイタリアの毛皮メーカー『Ciwi Furs』の社長であるジャン・カスティリオーニと結婚した。この毛皮メーカーは結構知られた工場で『フェンディ』の毛皮なども制作していた。有名な毛皮メーカー社長夫人になったコンスエロは、いつの日にかブランドを立ち上げたいという夢を持ち始める。そして遂に1994年に『マルニ』ブランドを立ち上げた。なかなか面白いブランドだった。

『コム デ ギャルソン』的なちょっとユニークなフォルム(最近のハヤリ言葉で言えばリフォーメーション)があったり、ユニークでアートフルなプリントがあったり、あるいはチリ生まれのコンスエロらしい色使いがあったりして、「もしかしたら21世紀初のラグジュアリー・ブランドになるのではないか」などという期待も抱かせたのだった。しかし今回の事態になった。

WWDジャパンの記事を読んで、ちょっと驚いた。2015年の『マルニ』の売上高は邦貨換算で168億円。少なくとも私が考えていた年商規模の半分である。ブランド設立から22年でこれということは、ブランドそのもののクリエイションに対するマスコミなどの評価とはあまりにも乖離した売上高だ。このあたりにファッション好きマダムの優雅なビジネスという陰口も聞こえてきそうなのだ。

ここに救世主として現れたのが、OTB(only the brave=勇気だけというとんでもない意味である)のレンツォ・ロッソ(1955~)である。世界的ジーンズブランド『ディーゼル』を創始した人物だが、その後ブランド買収を着々と続けており、『メゾン マルジェラ』『ディースクエアード』『ヴィクター&ロルフ』などのブランドを傘下に収めて来た。

さらに、傘下のアパレルメーカーのスタッフ・インターナショナルは、OTB傘下ブランドの生産に加えて、『ヴィヴィアン ウエストウッド』や『マーク ジェイコブス』のメンズウェアなどを生産している。本業の『ディーゼル』の他はかなりキャラクターの強いデザイナーブランドを傘下にしているのが特徴だ。ちなみに、「メゾン マルジェラ」の創業デザイナーのマルタン・マルジェラ本人は、OTBに買収されたあとしばらくして同ブランドを去った。

よく来日するレンツォだが、初めて私がインタビューしたのは20年ほど前で、場所は外苑前の伊藤忠商事の会議室だった。

レンツォ・ロッソ
Photo:ディーゼルジャパン㈱

スタッフ・インターナショナルが生産している『ニューヨーク インダストリー』というブランドの日本展開が始まるので、その詳細を尋ねに行った時だ。レンツォは『ハーシー』の板チョコをインタビュー中に食べていて、「お前もどうだ?」とドスのきいた声で勧めてくれたのを思い出す。最近はワイナリーも所有したというロッソだから、あのチョコレート好きは何だったのだろう。しかも『ハーシー』。